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ねこにまたたび 上
「まぁてぇええええええ!」
「バーロォ誰が待つか!正気に戻りやがれバ怪盗!」
深夜の街を、良く似た容姿をした二人の男が全力疾走している。一人は青いブレザーを着た、見るからに高校生で、もう一人は奇妙な白いスーツとマント、そしてシルクハットを被った男だ。
もしここにギャラリーがいれば、このような感想を漏らしただろう「立場が逆だ」と。
青いブレザーの高校生は、彼に解けない謎はないと言われている名探偵、工藤新一だ。そしてそれを追う奇妙な白い男は、世界を股に架ける大怪盗1412号、通称怪盗キッドその人である。
なぜ追う者であるはずの新一が必死で逃げていて、追われる者であるはずのキッドが必死で追っているのか。話しは数十分前にさかのぼる。
「よおキッド、残念だが今日の犯行は諦めて、尻尾巻いて逃げたほうが身のためだぜ?」
睡眠剤の混ぜられたガスが充満した展示室に忍び込んだキッドは、後ろから聞こえた声にゆっくりと振り返った。
「ああ、誰かと思えば名探偵か。…なるほど?それも阿笠博士の発明か。」
ガス充満した部屋にいるはずの目の前の探偵は、普通のマスクにしか見えない白い布で口元を覆い、目元は実験に用いるようなグラスを付けているだけの姿で平然と立っている。キッドでさえガスマスクを取り付けているのに、だ。
「博士の発明は最近スゲーからな。」
笑いながら少しずつ近づいてくる探偵に、冷や汗が背を伝うのを感じる。逃げ道は探偵の後ろに一つだけ。あと数分もしないうちに異変に気づいた中森警部が大勢の部下を連れて突入してくるだろう。それに室内に取り付けられた優秀な換気扇が、そろそろ部屋の空気を入れ替えてしまう頃でもある。
キッドが忍ばせておいた閃光弾を確かめるより先に、探偵が動いた。
「!?」
鋭い蹴りを避けた一瞬の隙に怪盗はガスマスクを引っ剥がされ、無防備な鼻先に何かをスプレーされたのを感じる。と同時に、身体から力が抜け、無様にもその場に膝をついて座り込んだ。
「残念だったな、これでお仕舞いだぜ?怪盗キッド。あと数分もすれば中森警部がやってくる。そうすればオメーもここまでだ。」
遠くに探偵の声が聞こえる。身体の芯がアツイ。自慢の脳も上手く動かない。何か大きな衝動が身体の奥から湧き上がる。
衝動?
その場に突然膝を付いたまま動かなくなってしまったキッドの様子に焦ったのは新一である。彼が先ほど使ったスプレーの効果は、実のところ未知のものなのだ。というか、灰原に新一が依頼して作ってもらった「キッドを捕まえることが出来る薬」であり、薬効を知っているのは灰原哀ただ一人という状況だったりする。
「いい、工藤君。このスプレーをキッドの鼻先に引っ掛けてやるの。ただそれだけでいいわ。ただし、他の人で試すのはあまりお勧めしないわね。キッド専用で作ったから何が起こるかわからないの。」
灰原が自分に不利になるものを渡すわけがないのだから、と、彼女の言葉を忠実に守った新一は、しかし、どのような効果が出るかまでは聞いていないことを今更ながら後悔した。
「お、おい…キッド………わっ!」
キッドの肩に手をかけ顔を覗き込もうとしたところで、それまでピクリとも動かなかった怪盗に、突然抱きしめられた。
「ちょ!おい!離せって!」
がっしりと腰に巻きついた腕を放そうと暴れてみるも、鍛えられた筋肉からは抜け出せない。そうこうするうちに、腹に当たっているキッドの頬が少しだけ動いているのを感じた。どうやら何かをぼそぼそ呟いているようだ。
「…ぃ……ぅ」
「何だよ!ちょ、話なら聞いてやるからコレ放せ!」
「名探偵!」
新一が一際大きく動いたのとほぼ同時に、キッドが叫んだ。
「今からセックスしよう!」
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