異文化理解



それは幼馴染の一言がきっかけだった。


「新一、枝毛あるよ!?」
心底驚いたような蘭の声に、ひたすら推理小説を読んでいた新一は意識を浮上させた。ちなみに今は昼休みで、蘭は園子と共になぜか新一の髪をいじって遊んでいた。曰く、新一の髪はさらさらで綺麗だから、らしい。
「あー?枝毛の一つや二つ気にしねぇよ」
心からどうでもいいと軽く手を振って新一は再び読書の世界に戻ろうとした、ところを阻害された。「あ、」と言う暇もなく、新一の手からは小説が奪われ、幼馴染が律儀にしおりを挟みながら、
「何言ってんのよ!新一の髪に枝毛なんて許せない!」
などとのたまった。すると横にいた園子もそれに同意したようで、
「そうよ、新一君いい?サラサラで艶々の髪は萌えポイントの一つなんだからね!?」
新一には全く理解できない理屈を並べ立て、蘭と園子が熱弁する。
こんな時は静観するに限る、と、二人がキャイキャイとお互いの熱い想いを語っているのを右から左へ聞き流す。
新一は半分呆れ眼で。漸く一段落着いたと思しきところで、じゃあどうするんだよと言った。刹那、目の前の女友達二人の目がキランと光ったのだった。


「「こうなったら徹底的にケアしてもらうわよ!」」



善は急げということで、放課後になると同時に新一は二人に拉致され、園子御用達というヘアサロンに連れてこられた。
そこは知る人ぞ知る有名店で。
一体いつの間に手配したのか、店内に入るなりシャンプーからカット、更にはトリートメントにヘッドスパまでついてきた。
ちなみに一通りメニューをこなされている間の新一といえば、まさにまな板の上の鯉で。
シャンプーの香りはどれにしますか、なんて聞かれても困るし、カットだって、毎日の支度に手間取るような奇抜な髪型はいただけない。
仕方がないのでお任せしますと、考えることを放棄すれば、スタイリストと幼馴染たちが、嬉々としてなにやら打ち合わせをしており。新一は、なんだか自分がおもちゃになった気分を味わったのだった。
ちなみに今回こなしたメニューの中でヘッドスパだけは気持ちよくて、癖になりそうだとか、事件の疲れが癒されていくだとか思ったことは、彼女たちには秘密にしておいた方がいいだろう。



そして数時間後、普段の数割り増しで髪が艶々としている名探偵がそこに出来上がっていて。
幼馴染をはじめ、新一をおもちゃにした人々はとても満足そうに出来上がった作品を見ていた。
ちなみに髪の艶々っぷりとは裏腹に、新一自身はどこかゲッソリとしていたようだが、その場にいた者の中でそれに気を留める者はいなかったという。



日もとっぷり暮れ、やっと家に帰ることが許された新一は、リビングで食後のコーヒーを飲みながら今日の出来事を振り返っていた。
正直なところ、今になっても彼女たちの行動の理由がわからない。
確かに髪はやけに光っているし、いつもよりもサラサラしているし、ヘッドスパは気持ちよかったしで、悪い気分ではないのだが。
だからと言って、自分は男で。身だしなみも、人に悪い印象を与えない程度に整えておけばいいと思っているくらいで。
流石に禿げるのはごめん蒙りたいが、枝毛の一つや二つあったところで何が変わるわけでもなく、新一としてはどうでもいいことなのだ。

「…意味わかんね…」
はぁ、と溜息をついたその時、カチャリと小さな音がして。
「こんばんは」
「あ。キッド」
白い怪盗が現れた。
ちなみにこの白い怪盗、実は名探偵の恋人であったりする。いや、正確には黒羽快斗が恋人なのだが。とはいえキッドだって快斗なのだから、どちらが新一の恋人かなどと考えるだけ無駄だろう。


「今日は下見か?」
キッドのために紅茶をいれつつ、自分のコーヒーを淹れ直しながら新一は尋ねた。キッドの姿のままの恋人は、いつもとは纏う雰囲気が違っていて、やけにドキドキする。
「ええ、そんなところです」
渡したカップをありがとうございますと言いながら受け取ったキッドは、なぜかジッと新一を見つめていて。
「?どうした?」
その視線に気付いた新一が尋ねれば、ポーカーフェイスが売りの彼にしては珍しく頬を少しだけ染め、視線の理由を答えた。
「…名探偵の髪がとても美しいと思いまして…見とれていました」
「なっ!」
ふわりとした笑みと共に返された思ってもみなかった言葉に、新一は一気に赤面し。
「触っても…いいですか?」
手袋を外しながら尋ねてくるキッドに、新一はただ頷くしかできなかった。


さらり、さらり、と撫でられる感覚がとても気持ちよくて、新一はうっとりと目を閉じた。
新一はソファに寝転び、いつの間にか元に戻った快斗の膝に頭を乗せている。
「少し髪切ったんだ…?」
髪のサラサラとした感触を楽しみながら、快斗は先ほどから気になっていたことを聞いた。
「ん…蘭と園子に無理やり連れて行かれた」
昼間の出来事を思い出しながら、新一は溜息と共に答える。
「へぇ…二人に連れて行かれたっていうのはちょっと気に入らないけど…新一の髪がもっと綺麗になるのは大歓迎だから、今回は二人にお礼しとかなきゃ」
お礼何がいいかなぁなんて呟いている快斗に、新一はずっと思っていたことを恐る恐る尋ねた。
「…変じゃないか…?俺男なのにこんな…」
「何言ってんの?変なわけないじゃん。新一を一層引き立ててるよ!」
新一の言葉に即答した快斗は、新一を安心させるようにその髪にチュッと口付け、ニコリと笑う。
「そっか…快斗はこういうの…好き、か?」
その行動に新一は少し頬を赤らめ、上目遣いで快斗に問いかけた。
「うん、好きだよ…明日家用のトリートメント買いに行こうね!これキープしなきゃ!」
ウキウキとした様子で翌日のプランを練っている快斗は、本当に嬉しそうで。
髪を撫でられる気持ちよさと、快斗の温もりに眠気が襲ってきた新一は、快斗が好きならトリートメントとやらをやってみるのもいいかもしれない、なんて思いながら眠りに落ちたのだった。