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One Sided Love
「しんいち」
ああ、俺を呼ぶ声が聞こえる。大好きな大好きな、愛しい人の声。
本に集中してる振りをして、聞こえていない風を装う。
「新一」
もう一度名前を呼ばれた。けれど、まだ気づいていない振り。
だってそうすれば。
「もー新一ってば!」
「ぅわ!?ちょ、快斗何するんだよ!!!」
本を取り上げられて慌てふためく、振りをする。
呆れた顔で快斗が本をテーブルに置きながら、俺の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
髪の毛越しでもわかる体温に、酷く安心する。
気を抜けばポーカーフェイスが崩れそうだ。それが悔しくて、嬉しさを隠したくて、快斗の腕越しにキッと睨み付けてやった。
「だって新ちゃんってば本に熱中してて俺の事気づいてないんだもん。快斗君寂しーなー」
「ケッ、よく言うぜ。このあと中森さんとデートなんだろ?こんなとこ居ていいのかよ」
「やべっ!ワリィ新一、時間だ。また明日なー!」
「おー今夜はどうせ寝ないんだろ、オメー出席やべえんだし明日遅刻するんじゃねーぞ」
バタバタと荷物を抱えて玄関を走り出た快斗を軽口と共に見送って、その姿が見えなくなったと同時に新一の顔から表情が消えた。
快斗は知らない。
俺がどんなに快斗を好きで、好きで、毎日を過ごしているか。
きっと今日も眠れない。
一度でいいから快斗に愛されてる中森さんになって、快斗に愛を囁かれてみたいなんて馬鹿らしいことを思ってしまう。
「っ…」
玄関の扉にもたれて、熱くなる目頭に必死でこらえた。
工藤新一は泣かないんだ。コナンのときも、今も。絶対に。
だから、涙の気配なんて見せてはいけない。この気持ちを快斗に知られてはいけない。
俺と快斗は、世界で一番のトモダチなんだから。
***
トゥルルル トゥルルル …
真夜中に携帯電話が鳴った。
非常識だと怒ってもいい時間、夜中の1時半。
眠りを妨げられた新一は腹立たしげに携帯を睨み付けた。幸い何度か鳴れば留守番電話に勝手に切り替わる。
けれど、チラリ見た着信を告げる携帯のイルミネーションが、快斗だけに設定してあるものだったから、新一は眠気も怒りも忘れて慌てて通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『しんいち?…こんな時間にごめん…寝てたよな』
「いや…俺のことはいい…どうしたんだよ」
弱弱しい声にドキリとする。
真っ暗な部屋の中、ベッドの上に座り込んで、携帯を握る手に力を籠めた。
『…もう…俺たち…だめかもしれない…』
その瞬間、喜びで心が沸騰しそうだった。気を抜けば叫びだしそうだった。
けれど、次の瞬間には喜びの感情は消え、ただ自分を呪った。
大切なトモダチの、大切な恋愛が終わりを迎えようとしているのに、喜んでしまう自分を呪った。
「…なにが…あったんだよ…」
どうにか搾り出した言葉は酷く掠れていて、新一の心の動揺を見事に表現していた。
『…青子の気持ちが…わからねえんだ…』
ポツリ、ポツリ、と吐き出される言葉を必死で受け止める。
本当は別れてしまえと言いたかった。別れて、俺を選んでくれと言いたかった。
けれど、トモダチにそんな事は言えない。新一にできることは、ただ、快斗の話を聞いて、「中森さんともう一度ちゃんと話し合ってみろ」と言うことだけだった。
***
「あれー?工藤君?久しぶりー何してるの?」
駅前で名前を呼ばれて思わず振り返えり、直後、気づいてしまったことを後悔した。
「ああ、中森さん久しぶり。目暮警部から呼び出されて、高木さんが迎えに来てくれるのを待ってるとこだよ」
可愛い子。小さくて、可愛くて、柔らかそうで、明るくて。
くるくる変わる表情や、少し幼い喋り方は、けれど彼女の魅力を損なうことなく、むしろ引き立てている。
快斗の横に立つことを許された少女は、自分にないものをすべて持っていた。
「ね、こないだ快斗が夜中に電話かけたんだよね…?ごめんね…」
青子が少し困ったような笑顔で言った言葉に一瞬息を呑む。
「あー…仲直りできたんだ?」
「うん、ちゃんと話し合って、仲直りしたよ。工藤君のおかげだね、ありがとう」
「いや、俺は何もしてないよ。でもよかった、快斗が死にそうな声で電話かけてきたときはどうなるかと思ってたからさ…っと、ごめん、迎えが来たみたいだから俺はもう行くよ。じゃあね、中森さん」
これでいいのに、こうなることを望んでいたはずなのに、何でこんなに苦しくて切なくて悲しいのだろう。
車までの数メートル、握り締めていた拳はビリビリと痺れていた。
***
「ぃと…」
新一は、消すことも忘れることも叶わない、苦しい気持ちに今夜も飲み込まれた。
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