求職探偵



「新ちゃんももう成人だし、そろそろ自立の一歩踏み出してみない?」
なにやらとても楽しそうに母から言われた言葉が全ての発端だった。


月5万円。

これは、それまで一人暮らしとはいっても、生活費は親の口座から自由に引き出すことが出来ていた新一に設けられた限度額だ。
有希子曰く「家賃は要らないんだから、これだけあれば十分よ」とのことだ。
それとも新一は月5万で生活していくことは出来ないのかい?と、優作から言われた言葉に思わず反応してしまった新一は、売り言葉に買い言葉で、この提案を呑んでしまった。
そしてその日のうちに新一がそれまで自由に使えていた口座から大量にあったはずの預金が消え、代わりにきっちり5万円が振り込まれていたのだった。

確かに成人しているのだから、両親の言い分は至極正しい。もし5万で足りなければアルバイトでもして足しにすればいいのだ。一般的な大学生はそうやって暮らしているのだから、新一に出来ないわけがない。
ただ一つ問題があるとすれば、新一はこれまでアルバイトなるものを一度だって行ったことが無いくらいだろうか。


***


「マジかよ…」
新一は鳴らない電話の前でうなだれた。
一ヶ月5万円生活を始めて2週間。5万もあればどうにかなるだろうと高を括っていたのだが、新刊が出る度に購入したり、毎食外食頼みの生活を送っていたりしたため、早くも金銭的に余裕がなくなってきた。
焦って普段見向きもしなかったアルバイト情報誌を手に入れ、片っ端から電話をしてみたのだが、一向に雇ってくれる所は見つからない。
今日は、先日面接したコンビニから、合格の場合のみ正午までに連絡があると伝えられ、珍しく早起きして待っていたのに、結局正午を過ぎても携帯が鳴ることは無かった。

(そりゃ希望が週2〜3程度で、事件があれば休みますじゃ雇ってもらえないだろうけど!)

実を言うと、新一がアルバイトの面接に落ち続けているのは、そこに理由があった。
夜11時以降の勤務は主治医でもある哀が許さないし、事件があればそちらを優先するし、となれば雇う側にメリットは無い。
もちろん新一もそれは理解しているが、だからといってこうも連続で落ち続けると、簡単には割り切ることが出来なくなる。 なにしろ新一の生活というか新刊がかかっているのだ。 多少食べなくても生きていけるが、新刊を手に入れられなければ息が出来なくなってしまうと新一は半ば本気で思っているくらいなのだから。



結局コンビニからは連絡が無いまま夜になってしまった。
意気消沈した新一がぼんやりとコーヒーを飲みながらテレビを付けると、リポーターがなにやら興奮している様子が映っていた。
『怪盗キッドからの予告時間まで残すところ1時間となりました!ご覧くださいこの警備を!』
カメラが物々しい警察の姿をゆっくりと映していく。
確か今夜の予告状はシンプルに時間と獲物が明記されたものだったはずだ。
怪盗キッドは暗号を用いると思われがちだが、シンプルな予告状を送ることも少なくない。
暗号を用いる時とそうでない時の差が何なのか新一には分からないが、今回の予告状には隠された意味などはないように思う。
「チクショー俺が満足に本も買えない状況だってのにあのヤローは…」
いつの間にかキッドの現場からスタジオに場面は変わり、多彩なゲストを交え、前回の犯行の振り返りを行っていた。
新一はチラリと時計を確認すると、財布と携帯だけを掴んで家を出た。


「よおコソドロ。上手く盗めて満足か?」
現場から少し離れた廃ビルに降り立ったキッドは、獲物を月に翳し終えた直後、聞こえた声にゆっくりと振り返った。
「誰かと思えば貧困の名探偵じゃねえか。バイトは見つかったのか?」
皮肉げに言われた言葉と内容に、新一の眉が寄る。
「何でテメエがンなこと知ってんだ」
「企業秘密。泥棒が手の内を明かすようなこと言うと思うか?」
「ケッ、男の家に盗聴器たァ流石泥棒。いい趣味してやがるぜ」
「それが仕事なもんでね。で、今日はどうしたんだ。俺を捕まえに来たのか?探偵クン?」
互いの距離は約3メートル。どちらかが一瞬でも油断すれば、そこで勝敗が決まってしまう。
「いーや、俺は泥棒は管轄外なんでな。わざわざテメエに当たりに来てやったぜ。感謝しろ」
「なるほど?あれだけ何件も断られてたら流石の名探偵も自信を喪失したってわけか」
一体こちらの事情をどこまで知っているのだ、目の前の泥棒は。
ペラペラと皮肉気に喋るキッドに、新一は沸々と怒りが湧き上がっていくのを感じた。
「まあその年でバイト未経験の、しかも有名人なんて雇いにくいだろうしな。残念だが名探偵にバイトなんて見つからねえよ」
いい加減堪忍袋の緒がキレた。
新一が怒鳴ろうとした瞬間、その言葉を奪うようにキッドが一瞬早く言葉を続けた。
「だから俺が雇ってやるよ名探偵」
「………は?」
言われた言葉の意味が分からない。大体自分は探偵で、相手は泥棒で、探偵が泥棒に雇われるなんてとんでもない話だ。
「や、俺、探偵なんだけど」
「ああ、大丈夫、別に名探偵に俺の仕事の手伝いさせるわけじゃねえから」
混乱のまま思ったことを口にすれば、キッドはそれまで見たことも無いほど屈託の無い表情でニコッと笑った。その瞬間、ポンと煙が当たりを包み、視界が開けた新一の目の前に信じられない光景が広がっていた。

「よお俺黒羽快斗ってんだ。よろしくな!」
バラの花を差し出されて思わず受け取ってしまう。黒羽快斗と名乗る新一そっくりの青年はニコニコと笑っており、何の悪意も感じられない。
「おま…それ…」
「ああ、新一と似た顔立ちしてんのは元々ね。コレ、俺の素顔だし。信じるかどうかは別にして、黒羽快斗ってのも本名。ま、名探偵の事だから、どうせそんなことも調査済みなんだろうけどな」
「…テメエは今世紀最大の大馬鹿者だ…」
黒羽快斗といえば、今や日本で知らぬものはいないだろう、有名マジシャンだ。ステージの上で人々を魅了するマジックは、若干二十歳とは思えないほどの精度を誇り、ステージを降りれば最高学府に籍を置く、イケメン大学生として知られている。
「で、バイトの話だけど。」
「え、あ、ああ…」
「俺の助手として働かない?給料は弾むし、時間も融通利くと思うけど」
「…」
「お仕事内容はとっても簡単!データ管理とかの簡単な事務だから。まあ、追々経理方面も任せてしまう可能性はあるけど、どっちにしろ新一なら多分すぐ出来るようになるだろ?」
確かにデータ管理くらいならあいた時間でパパッと出来るだろうし、慣れれば簡単な経理くらいならこなせるだろう。
けれど、そんなのはわざわざ敵である新一を雇わなくても、キッドほどの能力があれば自分でこなせるのではないだろうか。
「…俺を手元に置いて危険とか思わねえのか?」
「全然。だって俺、新一と友達になりたいって思ってるもん」
「はあ?」
「だから、友達。俺らって実は結構気合うし?」
結局のところ、快斗はバイトという口実の元、新一とツルみたいだけなのかも知れない。
「俺の前でキッドの影を出さないと誓えるか?」
「…誓うよ。キッドのことで新一に絶対迷惑はかけない」
そう言った快斗の真剣な目に、新一は心を決めたのだった。