黒羽君は苦労性



見つけた。見つけてしまった。
こんな偶然があっていいのか。こんな、全く関係の無いところで出会ってしまうなんて。
もはやこれは運命ではないのか。そうだこれは運命だ。運命でしかない。






ばたーん!と1Kの小さなアパートの部屋が揺れそうなほどの勢いで扉を開いた来訪者に、コンビニで見つけた新作スイーツを食べていた快斗はちょっと固まった。
「よ!」
来訪者はそんな快斗の驚きに気づきもせず、暢気に片手をあげたりなんかしている。
「ちょっと邪魔するなー」
そう言って部屋に入ってきた彼は、普段のテンションの3倍はありそうな様子で、浮かれているのが傍目にも明らかだ。
「新一…?な、なんかいいことあったのか?」
来訪者、もとい新一は、快斗の問いを、物凄い笑顔を向けることで肯定した。
「あのなー、コレ見てくれよー」
語尾に音符でも付きそうな声と共に取り出したのは一冊の本。ちなみに普段の新一はこんな喋り方はしない。どれだけ浮かれているのか、想像するだけでも怖い。
「…『ホームズのご飯』?」
タイトルを見て思わず納得してしまったのは、新一を知るものなら分かってくれると思う。
「すげーぜコレ!作中に出てくる料理のレシピが全部載ってるんだぜ!もちろんある程度はそういうコンセプトのレストランとかで食べたことはあるけど、これがあれば自分でホームズの味を作れるんだぜ!」
よくわからないことを凄く嬉しそうに言っている新一に、快斗はこっそり溜息をついた。
嬉しそうに本の解説をしているが、どうせ自分が作ることになるのだ。
新一が自分で料理を作らないのは今に始まったことではない。
今の世の中、自炊が出来なくとも一人暮らしは出来る。出来てしまう。一人暮らし歴が快斗の倍もあるはずの新一の料理の腕は、正直言って最悪だった。
過去出された手料理の数々は快斗のトラウマになりつつある。
酒のつまみに、と出された野菜炒めは塩辛いだけだったし、シチューを作ればカレー色になるし、味噌汁は味噌を水に溶いただけ。とどめに、ある日食卓に置かれたのはグレーのどろどろとした物体で、新一曰く麻婆豆腐らしいが、明らかに色も見た目も麻婆豆腐には見えない代物だった。

自分の世界に旅立っていた快斗を現実に引き戻したのは、やはりというか、新一の一言だった。
「…というわけで、快斗、頼んだ!材料費ならここから自由に使えばいいし、足りなかったらまた追加で出すから」
にっこりと笑って差し出された通帳の残高は50万。この本に書いてあるレシピを最初から作っていったって、使い切れないんじゃないだろうかと思う。この金銭感覚のなさにもすっかり慣れてしまった自分がちょっぴり悲しい。
「とりあえずウチじゃ狭すぎるから、新一の家行こうぜ」
財布と携帯だけを持って、快斗は立ち上がった。




快斗の下宿から工藤邸へと移動した二人は、途中のスーパーでありったけの材料を購入した。
基本的なパンやパスタはもちろん、一体何に使うのかさっぱり不明な調味料、明らかに彩を添えるだけの存在ではないのかと思うような葉っぱ類など、正直なくても困らなさそうなものまで購入した。財布を預かる快斗としては、二人で食べるだけなのだから、彩り程度なら買わなくてもいいのではと主張したが、シャーロキアンといえば聞こえのいい、ホームズオタクの新一に自分が金を出すのだからと言われてしまえば、反対することはできなかったのだ。
ずっしりと重い袋が三つ。うち二つは新一が持っている。一番重い袋は快斗が持っているとはいえ、一つでもかなり重いのに、新一は全く重さを感じさせない足取りで、鼻歌なんて歌ったりしている。
ちなみに新一の荷物はあの袋だけではない。かばんの中に大切に入れられた本は、かなりの重量があることを快斗は知っている。

「じゃ、頼んだ!とりあえず最初のページから作っていってくれ。あ、流石にアレ使う料理までは作ってくれとは言わねえから」
にっこりと、それだけを見れば天使の微笑にも見えるそれは、しかし、快斗にとって悪魔の一言だった。
「最初からって………」
渡された本は3〜4センチもありそうなもので、最初のページからびっしりとレシピが載っている。更に写真すら載っていないため、どんなものが出来るのか、想像ができない。
快斗が固まっているのに気づかない新一は、頼んだぞ〜、と無責任な言葉を残して去っていった。ついでに、本を絶対汚すなとのありがたいお言葉つきで。

少なくとも今日明日では全てを作り終えることは出来ないだろう。
大量の材料と共にキッチンに放置された快斗は、深い溜息と共に調理に取り掛かったのだった。






***



新一が作った恐ろしい料理の数々は、料理が苦手な友達が実際に作ったものたちです