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夜食の時間
夕食を摂ってから数時間が経ち、そろそろ日付も変わろうかという頃、ソファで本を読んでいた新一が読書中にしては珍しく顔を上げた。
「なあ、キッドって何食ってんの?」
「は?何って…普通に普通のモンだけど。」
突然の質問に意図が掴めず、快斗は首を傾げながら応えた。しかし正直な回答が気に入らなかったのか、新一は更に畳み掛けてくる。珍しいことに本は既に閉じられていて、しおりが挟まっている様子もない。
「マジで?嘘吐くなって。高級フレンチとか食ってんじゃねえの?」
「いや、マジで普通に普通。至って普通。つか仕事の前はコンビニ弁当とかカップ麺とかだし。」
昨夜の仕事を思い出しながら言うと、新一はオーバーに肩を落として溜息を吐いた。
「……オメーにはがっかりだ。」
「は?…もしもし、新一さん?もしかしてアイドルはう○こしませんとかそういうレベルの夢持ってた?俺に?」
「いや、黒羽快斗の食生活は知ってるからどうでもいいんだって。ただ、キッドの前になんか願掛け的なモンでも食ってンのかなって。」
さすがにそれはないだろうと思いながら言うと、案の定あっさりと切られてしまった。反応の予想はしていても少しだけ落ち込む。
「ねえよ。つかそんなこと言うなら、新一だって探偵する前に特別なもん食うか?」
「いや、それこそねーよ。そもそも食う時間ねえ時のが多いし。」
「だからそんな不健康なんでしょうが。…で、察するに腹が減ったから食いモンの話題出して俺に何か作らせようって魂胆?」
「ばれたか。おう。俺は腹が減った。」
全く悪びれずに言う新一に、毒気を抜かれてしまう。こうやっていつも彼の術中にはまってしまうのだけれど、惚れた方の負けなのだろう。若干悔しくも、幸せに感じてしまうのだから重傷だ。
「この女王様め。あー食いモンのこと考えてたら俺も腹減ってきたな…。何かあったっけ?」
「いや、ねえな。そこのスーパーならまだ開いてるぞ。」
「嫌だよさみーし。何人に行かせようとしてんだよ。」
「いや、俺はスーパーが開いてるって言っただけだ。快斗を行かせようなんてこれっぽっちも思ってねえぞ?」
「へーへーそうですかー。つかマジ腹減ってきたんだけど…。」
「…俺も。」
ぐぅ、と同時に腹が鳴った。
「パスタとかねえの?」
「さあ。材料ならあるかも知れねえけど…。」
「却下。面倒。」
いくら腹が減ったからといってパスタを一から捏ねるのは気が引ける。徒歩10分のスーパーか、ひたすら捏ねるパスタかと聞かれたら、少なくとも飢えた青年男性なら殆どがスーパーを選ぶのではないだろうか。
「仕方ねえ…出かけるか。」
よっぽど腹が減っていたのだろう。珍しく新一が腰を上げた。
「おー!俺おでんな。」
「ふざけんな。誰がオメーの分まで。」
「ケチー。ま、いいや。俺も行こ。」
最初から付いて行くつもりだったのだが、珍しさからつい調子に乗ってしまった。ぷりぷりと怒っている新一に苦笑しながらごめんと謝り、快斗も上着を羽織った。
「牛丼大盛りで。あ、持ち帰ります。」
「…豚並み。俺も持ち帰りで。」
「さみーな。早くできねえかな。」
「…おう。つかさ、何で俺ら牛丼屋いるんだ?」
スーパーに向かったはずが、気付けば牛丼屋にいて注文を終えていた。深夜だというのにカウンターにはチラホラ人がいて、黙々とどんぶりをかっ込んでいる。カウンターの端に置かれた椅子に腰掛け、ぶらぶらと足を振っている快斗は新一の疑問に非常に簡潔に答えた。
「腹が減りすぎて作る気なくなったから。」
「ああ…。明日胃もたれ決定だな。」
もっと軽いものにすればよかったと思いつつ、牛丼屋で軽いものを考えろと言われても難しい。そうこうしているうちに店員が持ち帰り容器にそれぞれの注文した品を詰めて持ってきた。
「…だな。ま、俺は今腹が満たされたらそれでいい。」
「そうか。」
無駄にテンションの高い店員から袋を受け取ると、二人は店を後にした。
家に辿り着き、蓋を開ける頃には表面は冷え始めていた。今年の冬は寒すぎるからなあなどと思いつつレンジを操作し、、新一は温まったそれをリビングに運んだ。
先に食べ始めていた快斗はやってきた新一の丼をチラリと見て唇を尖らせている。
「…冷えた飯って寂しいよな。」
「レンジならソコにあるぞ。」
快斗も知っているが、あえて顎でレンジの方向を指してやる。誰がわざわざレンジで温めてやるかと、あえて快斗の方は見てやらない。
「あー…面倒。」
「そうか。」
そうして新一は温かいものを、快斗は少し冷えたものをそれぞれ口へと運んだ。
一口、二口、三口と食べて、新一は大きな謎にぶち当たった。この謎を解かなければ箸を進めることは出来ないというほどの謎だ。
「なあ、あんなに腹が減ってたはずなのに、食べ始めたらもういらねーわってなるのは何でだろうな。」
「…!俺は食わねえぞ。」
大盛りの容器は半分ほど開いているが、最初の勢いはもうなくなっている。きっと快斗も新一と同じ謎にぶつかっているのだろう。
「チッ…。」
「……。」
こうして平和な夜は更けていく。
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