「黒羽ぁ?シャンプー切れてたろ、これ……………何やってるんだ?」

「…………あ」

その瞬間、世界の景色が変わった。


僕の世界が変わった瞬間
〜前編〜



新一と黒羽が出会ったのは大学に入学してからだった。近くのドームを借り切って行われた盛大な入学式の時、たまたま隣に座ったのが黒羽だった。
普通そういう時の出会いはその場限りのもので、例えアドレスを交換することがあっても数日後には誰だっけ?となるのが常だ。しかし、この何万といる入学者の中の、たった数十人程度の新一の専攻と、黒羽の専攻が同じだったため、新一たちはその日限りの友人ではなくなった。
決して自分が人見知りだとは思わないが、だからと言って誰彼構わず親しくなるような性格をしていない。それはコナンだったときの経験が起因している。あの期間のことは新一にとってトップシークレットで、あれを経験する前と後では、他者との関わり方が大きく変わった。
だから本当は黒羽とも、ある程度親しい普通の友人として付き合うつもりだったのだが、黒羽の図々しいとも形容できる性格故か、いつの間にか奴は新一の親友というポジションに身を収めていた。


授業後、いつものように新一の家のリビングでだらだら過ごしていたと気だった。携帯を弄っていた黒羽が突然「あ!」と叫んだ。
「…なんだよ?」
課題の専門書を読んでいた新一は、ギョッとして黒羽を見た。その時自分で思っていた以上に動揺していたのか、細かい字で書かれていた文章のどこを自分が追っていたのか、見失ってしまった事に内心舌打ちする。
「あー…あのさ、俺2日ほど風呂入ってないんだけど、」
「げ。きったねぇなぁ」
心底嫌そうな顔をしてやれば、黒羽は拗ねたように服に鼻を押し付けて。
「なんだよー汗なんてかいてないんだからちょっとくらい平気だろ」 俺体臭とかねぇし?なんて言いながら黒羽が肩を竦めるのをスルーして話の続きを目線で促す。
「で、だ。俺よく考えたら今日バイトなわけよ」
黒羽は小さなマジックバーでマジシャンとして働いている。そして新一はバイトというキーワードで、黒羽の言わんとしていることがわかった。
「風呂貸せって?」
コンビニなどのバイトと違い、マジシャンとして各テーブルを回ることがあるため、流石に風呂に入っておくのは最低限のマナーなのだろう。
「そーそー流石めーたんてーの工藤新一様だね、名推理お見事!」
全くそうは思っていないような口調と、適当な拍手をする黒羽を睨みつけ、
「うっせ、その減らず口に魚入れんぞ」
奴にとっての禁句を言ってやった。ざまぁみろ。

「げ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」
案の定黒羽は先ほどまでの嫌味な口調とは一転、真っ青になって謝り倒す図は面白いを通り越して、正直鬱陶しい。
「あーもー鬱陶しい。タオルの場所とかわかるだろ?」
「おう、ありがとな」
新一の言葉を聞いた途端にスタスタと風呂場に向かった黒羽の背中を見送り、新一は溜息を吐いた。
この立ち直りの早さが黒羽が黒羽たる所以なのだが、どうにも自分がからかっているつもりでからかわれている気分になって面白くない。


黒羽が風呂に向かってしばらくした時、新一はシャンプーが切れていたことを思い出した。

擦りガラスに映る肌色から、黒羽は体でも洗っているのだろうと中りを付け、
「黒羽ぁ?シャンプー切れてたろ、これ…」
どうせ男同士だし遠慮することもないと思い、ノックと同時に扉を開けた。

「……………何やってるんだ?」
「…………あ」
その瞬間世界が凍りついた。




あまり詳細に言いたくないというか、俺だって現実をあまり受け入れたくないから、端的に言おう。
バスタブに背をもたれさせ、黒羽は自分の足の毛を丁寧に剃っていたのだ。
床に石鹸の泡と共に落ちている黒い毛がなんとも現実を突きつけてくる。

「えーっと…………」
「いや、何も言うな?絶対言うなよ?」
何かとても言いたそうな黒羽に堅く口止めし、新一はシャンプーだけ床に置いてそのまま風呂を後にした。



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