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運命
もしあの時こうだったら、なんてそんな仮定は意味がないと思わないかい?
だって私たちが出会うのは必然、そうだろう?どんな選択をしたって私たちは出会っていたんだ。そう…私たちは運命によって出会いを定められていたんだよ。
ロイ・マスタングは裸でベッドに横たわり、甘えて抱きついてくる女の髪を撫でながら囁いた。
曰く、自分たちの出会いは運命だと。その言葉に女はうっとりと目を潤ませ、柔らかい肢体をロイに摺り寄せる。
運命なんて信じているわけがない自分が、出会いが定められていると口にする。何て滑稽な話なんだろう。
ロイは女の髪を撫で、口付けを交わしながら、それでもどこか冷めた思考でそんな事を考える。
「…ロイ?」
女は自ら唇を離し、不安そうに見上げてくる。あぁ、思考が出ていたか。
「あぁ、ごめんよ…君といるというのに仕事のことを考えてしまってね。」
苦笑しながら謝れば、彼女は優しく首を振り。
「仕方ないわ…だってあなたの背にはこの国の民がいるものね…。私だけのことを考えて、なんてそんな贅沢…あなたが私の夫なだけで贅沢すぎるもの。」
そう言って女、否、妻は笑った。
だって、運命なんて信じてしまったら…私たちは何て酷い運命を背負って生まれてきたんだ。
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アメストリスに最年少大総統が誕生したのは今から3年前だった。
ロイが42歳の時に当時の大総統が病気のため死去、そしてその後継者として指名されたのが当時中将だったロイだった。大将を差し置いての大総統就任には様々な確執が起こったが、それら全てを排除し、ロイは42歳の若さで大総統に就任した。
そして就任と同時にとある貴族の娘との婚約を発表、婚姻に至った。そして現在に至る。
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エドワードと最後に逢ったのは、伍長だった時だ。つまり、彼ら兄弟が『扉』の向こうへ行ってしまってから、ロイは10年以上の月日を耐えてきた。
念願の大総統になり、妻も娶り、これ以上ない成功を収めたかに見える彼の人生はしかし、エドワードを失って以来、砂を噛むようなもので。
今の地位にいるのも、殆ど意地といっていい。もしかしたら、もし自分が大総統になれば再び鋼のに逢えるかもしれない…と、あり得はしない希望に縋って。そして得たものは地位と、妻と、そして見事に裏切られた希望だった。
彼の記憶は10年以上経った今でも薄れない。声も、笑顔も、温もりも。
逢いたい気持ちだけがただ積もり、ロイの全てを支配する。
せめて同じ時代に生きていれば。国が違えど、同じ時代に生きていれば再び出会うことも出来るのに。
最後にエドワードと逢った時目にしたものは、全く知らない技術だった。時代、なんて生温いものではなく。生きているベクトルが違った。
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「ッ…エド…ワード…ただ…いま…」
ロイは一年に一度、以前の家に戻る。
現在は大総統官邸で妻と共に暮らしているのだが、一年に一度、エドワードが、まだ大佐だった自分の家を訪れた最後の日だけ当時の家に戻っている。
一年ぶりの二人の空間は埃っぽく、それでも当時の思い出を甦えらせるには充分だった。
家の中には当時エドワードが使用していた様々な品が置かれ、ロイはまるで十数年前に戻ったかのような錯覚を覚えるのだ。
−ただいま、エディ−
−妙な呼び方すんじゃねぇよ、クソ大佐−
−おや、そんなに怒っては可愛い顔が台無しだ−
−ふざけんなー!!てめぇ今夜はメシ抜きだ−
些細な、それでいて大切な会話がまざまざと甦る。
「ただいま…エディ…」
ポツリと呟いたそれに返ってくる言葉は、ない。
「ッ…」
頬を伝う涙が熱い。ロイは一年に一度、この日だけは自分に涙を許していた。
「エド…エド…ッ」
誰にも聞こえることのない嗚咽が、この家で一年ぶりになる人の気配だった。
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