会いたい、会えない



柔らかい草の上にころんと寝転がって溜息を一つ。
頬を撫でる草が妙にこそばゆくて。エドワードは何度か体を動かし、そのくすぐったさから逃れようと試みた。
「何やってるの、兄さん。」
ぬっと自分の上に現れたのは弟のアルフォンス。その大きな鎧のために辺りは影に包まれた。
「んー…なんだろ…。」
何を、と聞かれたところで寝転んだことに明確な理由など無い。ただ、この草の匂いでリゼンブールを思い出したから。
「はぁ…わかってると思うけど、そんなにゴロゴロ転がったら草の汁が付いちゃうよ。草の汁って落ちにくいってことちゃんとわかってるよね?」
アルフォンスはエドワードの横に腰を下ろすと、そのコートが汚れることを気にしてか、体にしっくりくる位置を探している彼の肩をそっと押して牽制した。
「別に汚れたって構いはしないだろ。」
アルフォンスに止められた位置はお世辞にも寝心地がいいとは言えず、エドワードは少しだけ不機嫌に言葉を返す。
「確かに僕には関係ないけどね。」
エドワードの言葉に少し冷たい口調で返すと、でも、とアルフォンスは続けた。
「でも、これから大佐に会いに行くんでしょ?少しでも身なりきちんとしたほうがいいんじゃないの?」
確かに司令部に行くに当たって身奇麗にした方が良いのはエドワードだってわかっている。
けれど。
「あー…司令部には行かない。レポートは郵送するよ。」
少しばかりきまりの悪そうにエドワードは告げた。ちなみにここはイーストシティ。少し歩けば司令部はすぐそこにあったりする。
「…何意味わかんないこと言ってるの、兄さん。」
アルフォンスの言い分は尤もである。
「最後に司令部に行った時、大佐と何かあった?それで顔合わせづらいの?」
まるで母親がぐずった子どもに尋ねるような、そんな優しい口調でアルフォンスは兄に理由を求めた。
「…。」
「理由も無いのに行かないのは僕感心しないな。」
「…。」
エドワードは気まずそうにアルフォンスに背を向ける。
理由なら、無いことは無い。つまり、ある。

(だって…俺この前…)

何がきっかけだったのか覚えてはいない。
けれど、気が付いた時には目が離せなくなっていた。自分の上司、から。
嫌味を並べる時の上がった口角。白い手袋に包まれた、滅多に見ることの叶わない、長い綺麗な指。自分とは全く違う色素を持った髪、そして目。
何故か彼の全てから目が離せなくなって、それをロイから不思議そうに指摘された時、全身が燃えるような羞恥に襲われたことを今でもはっきりと覚えている。
逃げるようにして飛び出した後、誰もいない資料室の一角でエドワードは生まれて始めての感情を自覚した。


俺は、大佐が…ロイ・マスタングが好きなんだ。悔しいけど、きっとこれは恋。


「ッー…!」 不意にエドワードの胸が痛む。キンと抓られるような痛みに思わず顔を顰めた。
「兄さん?どうかした?」
エドワードの変調に敏感なアルフォンスは不思議そうに兄に尋ねる。
「いや…ちょっと眠いなって。」
「そっか、昨日も徹夜だもんね。ここじゃ寝にくいけど、少し眠る?」
僕が見張ってるから安心して、と言った弟に感謝してエドワードは瞳を閉じる。
本当は眠くなど無い。けれど、アルフォンスに悟られずに何かを考えるには寝たふりをするのが一番なのかもしれない。

胸の奥が痛い。こみ上げてくる何かがエドワードの涙腺を刺激する。
「…ばっかみたい…」
涙の代わりにか細く呟いたそれは弟まで届かなかったようだ。その事実にひどく安心すると、急に強い眠気に襲われた。



目が覚めたらきっと司令部に行ける。
目が覚めたらきっと大丈夫。
あんたにばれない程度には振舞える。


会いたいけど、会いたくない。けれど会わなくちゃいけないから。



「なーアル、俺が起きたら司令部行こうな…。」


殆ど沈みかけた意識の中で、エドワードは弟に決心を告げた。