黒羽快斗の憂鬱



この世はわからないことがたくさんある。なんてどこかで聞いたことがあるような歌詞が頭の中で再生される。
何でって?そんなの今思いっきり現実逃避したいからに決まってる。 俺…何か悪いことしたっけ…?




工藤新一と黒羽快斗が出会ったのは偶然というより必然だった。
片や日本警察の救世主と誉れ高い名探偵、片やIQ400とも囁かれる超天才児。
そんな二人が日本最高学府に進学するのは殆ど必然だろう。一応二人とも海外の大学から声はかかっていたのだが、新一は警察の要望と海外での慣れない生活を計りにかけた結果、快斗は女手一つでここまで自分を育ててくれた母親孝行のため、と、それぞれに理由があって海外に出ることはしなかった。
その選択の結果、二人は偶然にも同学部、同専攻にて出会いを果たしたのだった。

最高学府と誉れの高いその大学においても、二人の会話レベルについていける生徒は少なく。そのためお互いがお互いに惹かれるように二人はすぐに打ち解け、数ヵ月後には殆ど親友と言っても過言ではないほどの関係になっていた。


そして、ある日事件は起こる。




「新一、今日さ合コンなんだけど、一人足りなくて…そういうの苦手なのは知ってるけど来ない?」
空き教室で昼食のコンビニ弁当をつつきながら快斗がふと思い出したように切り出した。
「………」
硬くなったトンカツに苦闘していた新一は、思いがけない快斗の言葉にしばし黙り込み、
「あー……たまにはいいぜ?」
と、ある意味青天の霹靂な言葉を告げた。
もちろんそれに驚いたのは快斗である。確かに新一を誘ったのは自分なのだが、彼が来るなんて露ほど思ってもみなかったのだ。
「………新一さん?何かプライベートであったんですか?現実逃避?」
「文句があるなら行かないけど?」
得意のジト目で睨まれ、快斗は焦ったように言葉を取り繕う。
「あ、いや、うん。文句なんてあるわけないって!行こう行こう!」
いそいそと携帯を取り出し、どこかへメールを入れていた快斗は、自分の横で新一が小さく溜息をついていたことに気付いていなかった。


***



「乾杯!」
ざわざわした店内の喧騒を掻き消すような乾杯の声とグラスを合わせる音が響く。
掘りごたつ式の10人掛けテーブルは、初対面同士の初々しさと、どこか獲物を狙う肉食獣のような空気で満ちていた。
しかし悲しいかな、肉食獣の空気は男性陣からのものではなく、女性陣からで、しかもその対象は男性5人に対したった二人だけに向けられている。

「工藤君って高校生探偵の工藤新一だよね?きゃー私ファンなの!!実物の方がカッコイイね!」
「黒羽快斗って、もしかして今売り出し中の若手マジシャンの??お願い、簡単なのでいいからマジック見せて?」

女性陣からの黄色い声に新一は辟易しつつ、そっと隣の快斗を窺った。彼は慣れているのか、女の子たちを相手に簡単なマジックを幾つか披露し、そのたびに黄色い悲鳴を奪っている。
快斗のマジックと、新一のどちらかといえば素っ気無い態度から、いつの間にか女の子たちの獲物は快斗になったようで、新一はその様子をぼんやり見ながらジョッキを傾けた。


ラストオーダーも過ぎ、いつの間にか合コンは終了していた。
当初新一と快斗の二人勝ちだと思われていたそれはしかし、新一のノリの悪さと、快斗の人気っぷりから、他の男性陣にも甘い蜜は降りてきたようで。気が付けばそれぞれメールアドレスを交換していたり、いそいそとお持ち帰りしようとしていたりと、合コンを満喫していたようだった。

「新一はこれからどうするんだ?」
ほろ酔いなのか、うっすら目元を染めた快斗がフラリと新一の横に立った。
「どうするも…帰って寝る」
酔っ払ってるのか珍しいな、なんて言いながら、新一は快斗の問いに答えた。
「色気ねぇな〜女の子たちとは遊ばねぇの?」
快斗は少し離れた位置にいる彼女たちを眺めている。どうやら今更品定めをしているようだ。新一はそんな快斗をチラリと見ると、
「誰ともアドレスとか交換してねぇし、あんまりそういうの興味ねぇから」
少しだけ低めの声で答え。
「あー…じゃあ俺んち来る?俺もマジシャンとかやってるおかげでお持ち帰りとか厳禁なんだよな」
快斗は、駆け出しのマジシャンにゴシップはまずいだろと、肩を竦めて新一の方を見た。そんな快斗の様子に、新一はフッと笑って。
「だったら俺んちがよくねえか?おふくろさんいるんだろ?」




家の近所のコンビニで幾つかツマミを購入する。ビールやカクテル、日本酒などは工藤家に常備してあるもので間に合うだろう。
二人が連れ立って工藤家の門をくぐったのは夜半も大分過ぎた頃だった。快斗は勝手知ったるなんとやらで、リビングに行くと適当にテレビのチャンネルを回していった。
しかし、深夜のそれも遅い時間とあれば、面白いテレビなんて殆どやっていない。かろうじてよくわからないアニメが放送されていたが、一体どんな内容なのか、袴を着た教師と思われる男がひたすら世間を風刺していて、しかもその内容がマニアックすぎるため快斗の興味を惹くことはなかった。
しばらくぼんやりとそのアニメを見ていれば、新一がいくつかの酒瓶とコップを持って隣に座った。
「何見てんだよ」
言いながらつまみの袋を開け、コップに日本酒を注ぐ。ちなみに新一が飲んでいる日本酒はフランス料理店で提供されている日本酒だとかで、すっきりとした飲み口と、フルーティな後味が爽やかな、一級品である。
「さぁ。適当に回してたらやってたから」
新一の問いに答えつつ、快斗はコップの中に牛乳と何かの甘いリキュールを入れた。先ほどまでの合コンでは恰好をつけて殆ど甘いカクテルを飲んではいなかったが、快斗は根っからの甘党なのだ。嬉しそうにコップの中身を飲み干している。
「ふぅん…あ、そういえば快斗、この前お前AV忘れていっただろ」
快斗のコップの中身を少し嫌そうな顔で見ながら、新一はサイドボードの下に置いていたDVDを取り出し、快斗の鼻先に突き出した。
「あ〜…すっかり忘れてたわ。悪ぃな」
新一から受け取り、ジャケットを確認していた快斗は、
「どうせ今面白いテレビもやってねぇし、コレでも見ようぜ」
と、ニヤニヤ笑いながらDVDをセットした。



大画面に肌色が跳ねる。本来の使用目的とはかけ離れていそうだが、5.1サラウンドの立体感溢れる音声によって何の変哲もない工藤家のリビングはどこかのラブホテルにはや代わりしてしまった。

「………ちょっとコレは…うん、微妙なチョイスだった…かも?」
ちょうどテレビの正面、スピーカーに囲まれた位置にあるソファに座っている二人は、どこか居心地が悪そうに肩をすくめた。
「普通AVなんて一人で部屋でコソコソ見るもんだしな……切るか?」
思った以上の迫力に新一も多少顔を引きつらせている。恐らく彼もこの部屋でAVを見るのは初めてだったのだろう。
新一はリモコンを持ち快斗に問いかけた。
「あ…いや、うん……」
即答すると思いきや、快斗は歯切れが悪く。若干前のめりになっているようにも見える。
「?どうした?」
酔いでも回ったのかと、新一が覗きこむように尋ねれば、
「え、うー…非常に言いづらいのですが、トイレ…を、お借りしてもいいですか…」
快斗が更に体を傾け、頭を抱えながらカタコトの言葉で答えた。
「………」
驚きというより半ば呆れを含んだ目で見てしまうのはしょうがないだろう。そんな新一の視線の意味に気付いたのか、
「ちょ!なんなのその目!しょうがないじゃん俺男だし!キレーなオネーチャンがご奉仕してるの見たらしたくなるのは男の生理じゃん!」
殆どヤケといった様子で叫んだのだった。
「……ここですれば?」
「は?」
新一から掛けられた言葉を理解することが出来ない。快斗は目をパチクリさせて、新一に続きを促す。
「いや、だから…俺もしたくなってきたんだって。トイレは一つ。お前がヌいてる間俺に悶々としとけと?」
どう見ても新一がヌきたそうにしているようには見えないし、そもそもDVDをつけた時、困ったように笑ってはいたが全く興奮しているようには見えなかったのだが。今の快斗はそんな事に気付けない。
「えーっと…意味がよくわからないんですが…それは、ここで一緒にヌきませんかっていうお誘いですかね……?」
なぜか口調が丁寧語もどきになってしまう。
「どうせ男同士だし恥ずかしがることもねぇだろ?」
いやいやいや、相当恥ずかしがることだろ!と頭の半分で思いつつ、アルコールで鈍った思考は冷静な己のツッコミを無視し、それもそうかと納得してしまった。新一が探偵なんてものをやっているせいで、説得力があるのがいけないんだ、なんてこともチラリと思いながら。


あんあんいいよぉもっとぉあんあん
AV女優の喘ぎ声に合わせるように、快斗の体がビクビク跳ねる。
けれど、それは自慰による快感からではなく。

「ちょ、新一ッ…そんなサービスとかしないでいいからッ!」
なぜか新一はソファに座った快斗のチャックに手を掛け、立派に成長したそれを取り出そうとしていた。場所が場所なだけに、新一の手が動くたびに敏感になったそこからゾクゾクするような快感が走り、そのたびに快斗の体はビクビクと跳ねてしまう。
「うるさい。家賃代わりだと思って大人しくしとけ」
「いや意味わかんないから!大体気持ち悪くねぇの?!」
「あ?」
ようやく取り出した快斗のそれを軽く握りこみ、新一は不思議そうに快斗を見た。
「いや、何その目!俺がおかしいみたいじゃん!!だから、新一、俺のなんて触って気持ち悪くないの?!」
「…気持ち悪いっていうか、珍しい…?」
快斗のそれをしげしげと見つめながら呟くその姿は、とても無邪気で。新一も同じもの持ってるだろというツッコミはついに快斗の喉から出ることはなかった。
「お前は気持ち悪いか?」
先のツルツルとした部分を親指で弄りながら、新一がやや上目遣いで尋ねてくる。直接的な刺激と男心をくすぐる上目遣いに、快斗は心底焦ってしまう。
「……気持ち悪いとは言ってないけど…」
言ってないけど、おかしいだろ…!と、言おうと口を開けるより早く、新一が先手に出た。
「じゃあ気持ちいいか?」
「……気持ちいいです」
若干追い詰められた犯人になった気分を味わいながら、快斗は素直に答えた。
「なら大人しくしとけ。天国見せてやるよ」 ニヤリと笑って言ったその顔がドキリとするほどカッコよくて。快斗は一瞬それに気をとられた隙に肩を押され、ソファに倒れこんだ。


そして冒頭に返る。

…俺、何か悪いことした?
てゆか新一もしかして物凄い酔ってる?いやいやいや酔うほど飲んでな……いや、結構飲んでるか
でもこれくらいならいつもと変わらないし…

新一に押し倒され下半身を中途半端に露出させられた快斗は、その頭脳をフル回転させ、必死に今の状況に至った経緯を考えていた。
けれど、少し考えるごとに新一の指が的確なポイントを付いて。

あー…もう無理。新一なんでこんな上手いの…ヤバイ流されそ…

ついに快斗は考えることを放棄した。
あとはただ流されるがまま。新一の手練手管に翻弄されて。

「ッ…!」
その瞬間快斗は息を呑むと、新一の手の中に吐精した。




ゾクリ、とした感覚に次いで待ち望んだ快感と、体を襲う倦怠感。


と、嫌な感覚。ベタッとしていて、冷たくて。
「げ。」
工藤家のリビングで快斗は目覚めた。
下半身にはあまり歓迎したくない感覚。

床には幾つもの酒瓶が転がっており、テレビはAVのメニューページで止まったまま。
そして快斗の反対側の床では新一が寝転がっていて。どうやら熟睡しているらしく、小さく鼾をかいていた。


「ゆ、夢…?」

なんだか複雑な気分になりつつ、快斗は下半身の汚れを拭うべく風呂場に向かった。
ちなみにしょっちゅう泊まっているため、工藤家には快斗の下着が常備してあったりする。


フラフラと風呂場に向かった快斗は知らない。
熟睡していたはずの新一がチラリと薄目を開け、ニヤリと笑ったのを。



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