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黒羽快斗の憂鬱 〜黒羽いぢり〜
居たたまれない気分でシャワーを浴び、コソコソとリビングに戻った快斗を待っていたのは、眠っていたはずの新一だった。
「おかえり、風呂か?」
快斗が風呂に入っている間に片付けたであろうテーブルの上を布巾で拭きながら、新一はチラリと快斗の方を見た。
「あ、う、うん…ちょっと汗かいてたから、悪いけどシャワー借りたよ…」
心の中で念仏のようにポーカーフェイスポーカーフェイスと唱えながら、快斗は新一の問いに答える。しかし真っ直ぐに新一の目を見れない辺り、どこか後ろ暗いところがありますと言っているようなもので。
ふうん、と適当な相槌を打ちながらも、新一はその隻眼を以て快斗をチラリと見やった。
しかし、珍しい事に快斗自身は動揺しすぎのためか、その事に気付いていない。
「ま、いいけど」
気にするほどのことでもないと、新一は当たりをつけたようで、折り返した布巾でもう一度テーブルの上を拭く作業に戻った。
「あー…ありがと…ところで俺いつから寝てた?」
そんな新一を見ながら、快斗はとりあえずの疑問をぶつけてみる。
「…DVD見始めたのは覚えてるよな?」
「あ、ああ…」
「あの女優が騎乗位で喘いでた時には既に寝てたぞ」
あんな一番興奮するシーンで寝るなんてお前実は女に興味ないんじゃねぇのと、今の快斗には冗談として流すには重過ぎる言葉が続けて流れた。
「…詳しい説明ありがとうございます…」
なんだか詳細に教えられると拍子抜けするというかなんというか。そもそも新一の口から騎乗位だとか、喘ぐとか、そんな言葉が出るという事に多少の驚きを禁じえない。
いや、まぁ、AVを見ようと誘ったのは自分だし、新一だって男だから下世話な話だってするだろうから、何ら不思議ではないのだが。
それより、続けられた女よりも〜、の件に冷や汗が吹き出るのを感じた自分にショックを受けた。
「俺、寝ながら何か言ってた?」
いつ寝たか、という疑問が解ければ次に湧き上がってくるのは、夢の内容を新一に悟られているか否かという事だ。
万が一寝言で喘いでいたり、新一の名前を呼んでいたりしたらもう目も当てられないというか、怪盗キッドとして培ってきた逃走術を用いて全力で逃げ出すしかないだろう。
いくら親友といえども、同性の、しかも目の前にいるあなたに手コキをしてもらう夢を見て夢精してました、なんてバレたら生きていけない。
快斗は内心で冷や汗をだらだらかきながら、新一に尋ねた。
「は?うるせーイビキならかいてたけど…変な夢でも見たのか?」
「や、寝言とか言ってないならいいんだ、うん、ちょっと嫌な夢見てな、まあ忘れてくれ」
「…変な奴」
そう言って新一はキッチンに向かっていった。
その後姿をぼんやりと見つめながら、快斗は先ほど見た夢を思い出していた。
新一に襲われる夢………確かに新一は同じ男からしても綺麗だと思うし、腰の細さや目の大きさにはドキリとさせられるが…
だからと言って自分が新一を恋愛やセックスの対象としてみたことはない、と言いたい。
いや、少なくとも先ほどまで、あの夢を見るまでは見ていなかったのだ。
それなのに、それなのにだ。
キッチンに向かった新一の後姿を見たとき、快斗は自分の胸がドキリと跳ねたのを感じた。そして、あの夢を思い返している間、やけに興奮している自分を知覚したのだった。
「はぁ…」
新一がキッチンでゴソゴソしているのを視界の端で捕らえながら、快斗は小さく溜息をついた。
「どんな夢を見たのか知らねぇが、あんまり気にしてると禿げるぞ?」
「…」
ひょいっとキッチンから顔を出し、新一が苦笑している。八つ当たりだとわかっていても、思わず恨みがましい目で見てしまうのはしょうがないだろう。
そんな快斗の視線に気付いていないのか、それとも気付かないフリをしているのか、新一はまたキッチンの奥へ戻っていった。
しばらくして、ゴンという鈍い音と、ゲッという新一の小さな叫びが上がったが、己の思考にいっぱいいっぱいだった快斗には届かなかった。
「なぁ快斗、俺もシャワー浴びてくっから、ちょっとココ拭いといてくれねぇ?」
突然自分の近くで掛けられた声に快斗は驚き、ハッと意識を浮上させた。
「へ?」
「いや、ちょっとな…お茶冷やそうとして手滑らしてさ…」
驚いて新一を見ると、彼が着ている白いTシャツの胸元から腹にかけて、薄茶色のシミが広がっていた。
新一は、困ったような、少し気恥ずかしそうな、そんな表情で自分の着ている白いTシャツを引っ張っている。どうやら濡れた場所が肌に張り付くのが気持ち悪いらしい。
「あーあ、こりゃシミになるぞ。後片付けは俺がやっとくから、さっさと風呂行ってこいよ」
「さんきゅ、助かる」
新一はニコッと笑って言うと、その場で濡れたTシャツを脱ぎ始めた。
どうやら濡れた感覚が気持ち悪かったらしく、あっという間に新一は上半身を裸の状態にした。ハーフーパンツも少し濡れているようで、若干気にしていたが、流石にいくら親友といえども人の前で脱ぐのは躊躇われるのだろう。ゴム部分を持って腹に濡れた場所が触れないようにパタパタと開閉するに留めている。
「!!!!?!?!!」
けれど、そんな新一の気の使い方に慌てたのは快斗だ。あんな夢を見た後に新一の白い素肌を近距離で見、且つ、臍やトランクスがチラチラしているのを、落ち着いてやり過ごすことが出来るわけがない。
ゴクリ、と生唾を飲み込み。そんな自分に気付いて少し落ち込む。
(おいおいおい新一は男だろ!しっかりしろ俺!)
先ほどから自分の思考についていけれない快斗は、早く風呂に向かってくれ〜と心の中で冷や汗を思いっきりかきながら念じ。けれど、視線は無意識にチラチラと新一の肌を盗み見ていたのだった。
かいとーちょっとちょっとー
風呂場のほうからやけにエコーがかった声が快斗を呼んだ。
「どうした?」
出来るだけガラス扉の方を見ないようにして新一に声をかける。たった一枚の薄い曇りガラスに隔てられたドアの向こうに、新一の肌色がぼんやりと浮かんでいて、快斗の心中はまるで穏やかではない。
「いやさ、俺よく考えたら着替え持ってきてねぇんだよな」
ついでに言うとタオルも。さっきお前が使った後に補充し忘れててさ。と、新一は爆弾を投下した。
「だから、悪いんだけどバスタオルと着替え………あーでも着替えは流石に悪いか、バスタオルだけでも持ってきてくれねぇ?」
「バスタオルだけってまさか腰に巻いて移動するのか!?」
確かに新一の私室に入り彼の下着を探す作業は色んな意味で困るのだが、それの代替え案がバスタオル一つで家の中を徘徊するのだとしたら、快斗の精神的ダメージは大して変わらないだろう。
「どうせ男同士だし今更だろ。頼んだぜ〜」
言うだけ言うと、新一は話はここまでだとでもいうようにシャワーのコックを捻って、互いの音声を掻き消した。
ちょっと待って新一!!!快斗は心の中で絶叫した。
風呂上りの少し色づいた肌だとか、シャンプーやボディーソープの甘い香りだとか、そんなものを(服で)隠しもしないで堂々と自分の目の前を通るなんてやめてくれ!俺は至ってノーマルなんだ!!
自分の性癖を確認している時点で、自分の中に生まれつつある感情を意識しているということに快斗は気付いていない。というか、そもそもノーマルな人間は風呂上りの友人の匂いだとか肌の色に興奮しません。とツッコミを入れてくれる人は残念ながらこの場にはいなかった。
「あ、そうだ。快斗まだそこにいるよな?悪いけど、タオル持ってきたら直接俺に渡してくれねえ?」
と、とんでもないミッションを与えられ呆然としている快斗に追い討ちをかけるように、新一が新たなお願いを追加したのだった。
快斗の自慢の頭脳がショートしたのはいうまでも…ない?
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