ほんなら次は○○行こうや 上



空は快晴。突き抜けるような青さと五月特有の爽やかさが心地よい。人の多さが気にはなりはするが、観光地なのだから仕方のない事だろう。それにこれから自分たちだって観光客の一人になるのだから。
待ち合わせ場所に指定したコンビニの雑誌コーナーで適当に選んだ京都の見所マップを眺めながら、服部は本日のルートを考えていた。
ゴールデンウィーク中日ということもあってか、車道は他府県ナンバーで溢れており、どこまでも続く長い渋滞がこの地の人気を示しているようだ。歩道は歩道で人にぶつからないように歩くのは至難の業だろうと思えるほどの人混みである。さてこれは自身の出身地である大阪の観光名所とどちらが酷い人混みだろうなどとぼんやり考えていると、軽い衝撃が肩に走った。
「おはよ。お待たせ。しっかしすげえ人だなあ…。」
服部の肩をポンと叩いたのは待ち合わせていた二人だった。ニコニコ笑顔の快斗と、まだ昼間だというのにすでに疲れたような顔をした新一を認めると、服部は雑誌を棚に戻し、ドリンクコーナーへ移動した。この時期の観光を充実させるには飲み物が必須アイテムになるからだ。
「おはようさん。せやなあ…バス観光は止めてこの辺ぶらぶらしーひん?って思っとんのやけど。」
「あー服部が思うようにしてくれ。俺ら一応卒業旅行でも来てるから、ある程度の観光はやったから無理して色々巡らなくても平気だぜ。ちょっと話し込んでたからあんま寝れなくて新一疲れてるみてーだし、オメーのセンスで頼むわ。」
「了解。ほんならとりあえず近場で八坂さんか清水さん行かへん?」
「あ。八坂神社は前行ったし、今回は清水寺で頼む。」
ドリンクを各自選びながら、本日の予定を立てていく。服部はスポーツドリンクを、新一は水を、快斗はコーラをそれぞれ選びコンビニを出た。
時期的に暑さもそんなに強くないはずだが、ちょうど信号が変わったところだったらしく、そこここに行き交う人々の熱気で空気が少し蒸れているように感じられる。歩道を埋め尽くす人々の多さに一瞬店内に戻りたくなったが、三人は顔を見合わせ軽く肩を竦めると、雑踏の中に一歩足を踏み入れた。
「どないする?清水さんまで歩けんこともないけど…バスはバスで酷ぉ混んどるしなあ。」
「バス酷いよな。混み具合にどん引いて俺らも今日思わず電車使ったし。まあ俺は歩きでも平気だけど…新一は?やっぱキツい?」
「あー?どんぐれーの距離?」
「徒歩二十分ちゅーとこやろなあ。加えて参道も結構長かった気ぃするわ。」
「却下。無理。つーことでタクろうぜ。」
「はははさすが工藤やなあ。まあたまにはええか。お。ちょうどええところに。」
タクシーを使うほどの距離でもないが、この人ごみの中を歩くのは少々骨が折れる。タイミングよく信号で目の前に止まったタクシーに乗り込み一行は清水寺を目指した。
歩いたほうが速いのかもしれないというような渋滞には苛々するが、ただ座っているだけで目的地付近に着くのはありがたい。三人は本日の予定を考えながら車内の時間を有意義に過ごしたのだった。


 タクシーから降りてからが地獄だった。長く狭い坂道に人々がひしめき合っている。流れに沿って歩くだけならいいのだが、周囲の土産物屋に突然入ったり立ち止まったりと予想外の動きをする者が多く、地味に体力気力共に奪われてしまう。おまけに参拝を終えた人々もひっきりなしに下ってくるため、ただでさえ登りにくい道が更に登りにくさを増していた。
「も、限界。帰ろうぜ。どうせ寺なんてどこも同じだって。」
最初に根を挙げたのは新一だった。元来あまり人ごみが好きでないのだろう。途切れることのない人の多さに耐え切れなくなったのか心底不機嫌そうに眉を寄せ立ち止まった。
「何ゆうとんのや!まだ参拝すらしてへんやろ。工藤、お前ちぃと体力に問題があらへんか?」
「バーロー、大きなお世話だ。サッカーやめて以来俺の体はデリケートに出来てるんだ。ガチ体育会系と一緒にすんなっつーの。」
「まあまあ二人とも。新一はもうちょっと頑張れ。荷物持ってやるから。んで、服部はもう少し歩くの遅くしてくれ。大阪人歩くの速えって。俺でも付いていけねーもん。」
お互い気の置けない関係だからこその言い合いではあるけれど、出かけて早々に喧嘩に発展するのはまずいと、慌てて快斗がフォローに入った。快斗の言葉に新一は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずペットボトルの水を飲みながら休憩している。
「お、すまんな。つい癖で。ほなちょっと休んでから行こか。」
笑いながら服部も喉を潤し、再出発時は先ほどよりのんびりと歩き始めた。  ゆっくりと歩くことで周囲を見る余裕が生まれたのだろう。人混みもそこまで気にはならなくなり、そうすると先ほどまで煩わしい対象でしかなかった参道周辺の土産物屋がとても魅力的に映った。
「おにーさん、八橋試食できるで。寄ってきや。」
「宇治のお茶もありますさかいに、ちょっと休憩してってや。」
快斗と新一にとって殆ど馴染みのない、服部のそれとも微妙に異なる関西弁で声をかけられると、つい興味がそちらに移る。チラリと試食コーナーを見れば、大量の生八橋が食べられるのを待っていた。
「なあちょっと見ていかねえ?」
先ほどからうずうずしていたらしい快斗は、殆ど店内の敷地に足を踏み入れた状態で二人に伺った。これでは提案というより事後承諾だと新一は溜息をつきつつも、既に店内に入ってしまった快斗の後を追った。
店内も参道と同じく大勢の人々で雑然としていたが、冷房でも入っているのか蒸し暑さは感じられない。濃い茶の香りと、八橋の甘い香りが店内に充満しており、いかにも京都の土産物屋という印象を与えられる。
先に店内に入っていた快斗は、既にいくつか試食した後らしく、口をもぐもぐさせながら楽しそうに店員の女性と話していた。
「うわ、これ初めて食べた味だけど凄い美味しいです。あ、新一、服部!コレ美味いから食ってみろって。」
快斗の相手をしていた女性は、新一と服部に気付くと、小さくカットされた八橋が載ったお盆をそちらに向け、試食してみるようにと促した。
「あら、おおきに。そっちのおにーさんたちもどうぞ。これがね、チョコで、こっちがお抹茶、塩味なんかもあるからね、全部食べてってや。あ、ぎょおさん歩いて喉渇いたやろ。冷たいお茶もどうぞ。」
マシンガンの如く説明を受け、新一が面食らっていると女性は次に、カウンターの横に設置されたティーサーバーから冷えたお茶を入れ、三人に差し出した。
「え、あ…俺は…。」
何だかこのノリは付いていかれない気がすると、若干新一が引いていると、そんな新一の様子に全く気付いていないのかそれともこの状況が普通なのか、服部が臆することなく手を出しズズッと啜った。
「お、ねーちゃん気ぃ利くなあ。おおきに。工藤も一杯どや?」
「えっと…。はあ、すいません。頂きます。」
女性のどうぞという笑顔と、服部の押しもあり、躊躇いながらもお茶を受け取る。視界の端では快斗もいつの間にか茶を受け取っており、八橋を口の中に詰め込んでいるのが見えた。
「そない恐縮せんでや。どない?美味しいやろ。一つ買うてってや。」
「ごちそうさん。せやなあ、今から俺ら参拝するよって、また降りるときに寄らせてもらうさかいに。」
「あら、ほなよろしゅう頼みますね。おおきに、ありがとう。」
「ほな、おおきに。」
店を出ると、新一はかどっと疲れが押し寄せてきたのか大きく息を吐いた。快斗と服部は満足そうに「やれ何の味が美味かった」だの「あの味はいい加減メジャーすぎてつまらない」だの、八橋談義に花を咲かせている。食文化の壁はどうにも埋まりそうにないと軽く首を振ると、新一は気分を変えて歩き始めた。


どれくらい歩いただろう、後ろを振り返ればこんなにも歩いたのかと思うほど遠くが見える。少しばかり遠くではあるが、既に朱色の何かが見えているため、目的地はそう遠くない事を知る。
「しっかし凄い人だよなあ…。土産屋も………なあ服部。」
きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた快斗が突然ピタリと動きを止めた。そのままうつむいて二人の裾を引っ張ると、少し通路から離れたスペースに連れて行った。
「なんや。」
「今すぐ帰らねえ?」
「は?何でや?」
既に目的地は目の前である。新一のように登り始めてすぐに諦めるのならわからないでもないが、ここまで登ってきてから言う言葉ではないだろう。快斗の言う意味が理解できず首を傾げて新一を見れば、やれやれと呆れたように肩を竦めていた。恐らく新一には快斗の言動の理由が理解できているのだろう。
「いや、特に他意はねえけど…なあ?このまま寺なんて行ったって面白くねえって。教科書通りの景色を写メるだけだろどうせ。」
突然早口で捲くし立て始めた快斗に、服部が不審げな目を向ける。なぜか顔を上げない快斗がやけに奇妙に思われ、服部は覗き込むようにして声をかけた。
「…黒羽?」
「ほっとけ。どうせ至る所に見えてる『にしん』の字に怯えてるだけだろ。」
言われて見回せば、『にしん蕎麦』の看板が目に入った。
「は?…あ、ああ、黒羽はさ「わあああああああああ!!」
全てを言い切る前に快斗の絶叫で声が消される。あまりの絶叫に、周りにいた観光客たちが一様にぎょっとしたように足を止めたが、大学生同士のふざけ合いだと知るとそのまま何事もなかったかのように通り過ぎてゆく。思いがけず人々の注目を集めてしまったことに新一は眉をしかめ、元凶である快斗のスネをつま先で小突いた。
「痛って!」
「ケッ。自業自得じゃねーかバーロ。」
新一は不機嫌さを隠しもせず言い捨てると、突然の痛みに悶絶している快斗を尻目にスタスタと歩き始めた。
「さてと、いつまでソコに突っ立ってんだ。ヘタレは放っといて行こうぜ服部。」
「え!酷い!待ってって!」
「うっせえバーロー。」
「なんや…えろぉ仲良しやなあ。」
快斗を放って何事もなかったかのように先へ進んで行く新一と、涙目で痛がっていたはずなのに、新一が動くとそれに慌てて付いていった快斗に、服部は呆然とするだけであった。