約束



また会いましょう、なんて気軽には言えないから、最後の最後も冗談を言って別れた。もしもまた、いつか再び会えるなら、その時はもう二度と離さない。そう約束をして。



***



「よお!」
洗濯物を干していると、かけられた懐かしい声にリキッドは振り返った。
「アハッ…来たんすね」
記憶にあるよりもずっと髪が短くなり、刻まれた皺は離れていた歳月を物語っている。
あの戦いから幾重もの季節がめぐり、パプワが目覚め、彼らに子どもが生まれ、その成長を見守っていく間、リキッドには何度も何度も考えたことがある。もし、ハーレムと再び邂逅することができたならば、自分はどんな反応をするのだろう。照れて顔を見ることができないだろうか、以前のように恐れて逃げ出すだろうか、それとも感動で泣きだすだろうか。
しかし現実はそのいずれでもなく、自然に、まるで昨日別れたかのような対応をしていた。年月がリキッドを大人にさせたのか。それとも愛情が薄れてしまったのか。湧き出た疑問は、後から現れた懐かしい面々によって遮られた。

日中、アラシヤマとウマ子の結婚式という名の大騒ぎと、見慣れない来客に興奮し、疲れ切った子どもたちは、いつもより少しだけ遅くまで起きていて、けれど布団に促されるとあっという間に夢の国に旅立っていった。
大人たちは成長したパプワやくり子と想い出話に浸ったり、それぞれ懐かしい場所に出かけていったりと、各々の時間を過ごしている。
リキッドはそんな彼らのために忙しなく台所を行き来していたが、ある程度箸が止まったところでそっとパプワハウスを抜け出した。

「さすがにあの人数分は疲れるぜ」
昼間からずっと走りまわっていたリキッドは、家から少し離れた浜辺に来ていた。耳を澄ませば大人たちの喧騒がかすかに聞こえる。
「しかしみんな変わってねぇな」
「おめーも変わってねぇよ」
心地よい夜風に身体を預け、一息ついていると、後ろから声をかけられた。
「隊長…」
「おうリキッド、オメーちったぁ男のツラになってきたじゃねェか」
酒瓶を手に近づいてきたハーレムに、リキッドは懐かしさと、少しの切なさを覚えた。
「へへっ…守るやつらが増えたんで」
そう言って両方の手のひらを見つめ、リキッドは肩をすくめた。
「今回はいつまでいられるんすか?」
「…明後日の朝までだな。いつでも来れるようになったが、向こうの仕事は待ってくれねえからな」
「まだ引退してないんすね」
とっくに引退して気ままに暮らしていると思っていたが、それは思い違いだったようだ。
「おうよ、俺ァ死ぬまで現役目指してんだ。それに兄貴が隠居生活してねぇのに俺が先に隠居できるかっつーの」
「ははっ、隊長らしーっすね」
以前と寸分も違わぬ自信満々の笑みに、リキッドは思わず噴き出した。これだから彼は面白くて、いつまでも自分に大きな影響を与えるのだ。
笑いすぎたのか、感極まったからなのか、薄らと滲んだ涙を拭っていたリキッドは、無言でじっと自分を見つめるハーレムに気づき、ゆっくりとそちらを向いた。
「ところでリキッド、おめー何大人ぶってンだよ」
「……」
何時の間に取りだしたのか、酒瓶を置いて煙草に火を付けたハーレムは、ゆっくりと息を吐きだすとリキッドの目をしっかりと見て尋ねた。ただ無言で見つめ返すリキッドの瞳は何も物語っていない。
「見てるやつなんかいねェよ。カッコつけて感情抑えてねェで前みたいにギャンギャン喚いてみやがれ。おめーにクールなんて似合わねえぜ?」
挑発するように言うと、リキッドに動揺が走ったのか少しだけ瞳が揺れた。そこに畳みかけるようにハーレムは言葉を重ねる。
「俺はリキッドに会いたかったぜ」
瞬間、リキッドの表情はくしゃりと崩れた。
「ぃちょ…」
何を言うでもなく、ハーレムがリキッドの頭を軽く撫でると、ついに決壊したのか涙が頬を伝ってボロボロと落ちてゆく。
「俺も…会いたかったっす」



***



二人は誰もいない夜の海岸で一糸纏わぬ姿で交わっていた。さすがに砂まみれになるのは御免だと、少しだけ先ほどの場所から移動はしたが、それでも二人の気配は波が隠してくれる。
永遠に二十歳の肉体を抱くというのは一体どんな気分なのだろうと、ハーレムを受け入れながらリキッドはぼんやり思った。
ハーレムの知っているであろう「リキッド」と寸分違わぬ身体は、彼に何を伝えているのか。しっかりと己を抱きしめる腕の強さは変わらないのに、その皮膚はリキッドの知っているそれよりもずっと冷たくて、少しだけ乾燥していた。
変わらない自分と変わっていくハーレム。
愛し方は以前と変わらないのに、触れる感触があまりにも記憶と違いすぎて、リキッドはただ戸惑う。
「…辛いか?」
突然ハーレムが尋ねた。逆光のため表情はよく見えない。
「え?」
「俺は歳を確実にとってる、が、オメーはあの時のままだ。俺としちゃ若い身体を抱けるってのは嬉しいことなんだが、りっちゃんにしてみりゃ嫌でもその辺を意識させられるわな」
「辛い…とか、そんなんじゃないっすよ」
まさに自分が思っていたことを言葉にされ、リキッドは苦笑するしかない。
辛いのではないのだ。ただ不思議なだけで。
なぜ自分たちは流れている時間がこんなにも違うのか、不思議で、切ないのだ。
「ならリキッド、オメーの永い一生の一部に俺を刻み込め」
「どう、いうこと…っすか?」
突然の言葉に彼の意図が読めない。
「俺もここに住む。んでリキッド、オメーに看取られてやるよ」
「はっ?」
あまりに唐突な提案にリキッドは目を見開いた。
「俺もいい歳だかんな。いい加減一人身は寂しいと思ってたんだ。つーわけでリっちゃん、俺の介護よろしく!」
「いや、え?は?」
「まあ深く考えんな。それより続きしようぜ!折角やる気になってたリっちゃんが萎えちまって可哀想だ」
「え、ちょ!ハーレムたいちょ…!」
ハーレムは勝手に人生プランを設計し、決定してしまったようだ。リキッドはただただ驚くしかない。状況が上手く飲み込めないまま、必死で彼の言葉を整理しようとしていると、ハーレムが怒ったように唇を重ねた。
「うるせーっつーの!初夜くれぇ静かに身を任せやがれ」
「ッ!!!」
なんだかよくわからないまま流されてしまったが、きっとこれは幸せなことなのだろうとリキッドは襲い来る快楽の波に呑まれながらぼんやりと思った。



***



もう一度なんて絶対にないと思っていた。
ガンマ団の科学技術があれば島の場所を突き止めることは可能だと思っていたけれど、それでも心のどこかで二度とハーレムと会うことはないと思っていたのだ。
もう一度会ってしまえばもう離せないときっとお互いにわかっていた。
けれど、もしもう一度巡り合えたならば、その時はもう二度と離さない。






2011/07/23