逃げられない追いかけっこ



「もう逃げられねぇぜ怪盗キッド!ここの窓は特殊な強化ガラスになってるし、扉は俺が入ったと同時にシャッターが降りるようにしたからな!」
少しだけ上がった呼吸に頓着することはなく、新一は目の前の怪盗を睨みつけた。

「こんばんは名探偵。貴方が参加されたおかげで今夜は梃子摺りましたよ」

追い詰められたというのに全く気にしていない風で、むしろ楽しげにキッドは新一の方を向いた。
窓から射すヘリコプターからの強い光が逆光となり、顔が見えないどころか、シルエットさえも霞んでどこか頼りなげに見える。
だというのに、その不敵な口元だけは何故かわかる。きっと何度も対峙したせいで、記憶にこびりついているのだろう。

「ここには俺とお前の二人だけだ…もちろん俺に盗聴器なんて無粋なモンは付いちゃいねぇし、今は外をウロウロしてるヘリや警官だってもうじき消える…わかるか?正真正銘一対一なんだぜ」
口に出して言えば、体が興奮するのがわかる。
ドキドキと痛いほどに鳴り響く心臓に、血液が激しく循環しているのを感じた。
新一は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままのキッドから視線を逸らさず、相手の出方を窺った。

「ふむ…出口が無いなら作るまで、ですが…名探偵相手にそんな隙があるとも思えませんね」
キョロと部屋を見回したキッドはそこに逃げられる隙が無いことを確認すると、わざとらしく溜息をついて腕を上げた。
「どうする?大人しく俺に捕まるか?」
「まさかご冗談を」
口調は軽いが、どちらも決して動こうとはしない。動けばそれだけ相手に隙を見せる事になるからだ。
「はっ…俺から逃げ切れると思うなよ?」
ピリピリした気配を纏った新一が、ニヤリと酷く楽しそうに笑った。
「テメェを追い詰めて追い詰めて、どこに隠れたって見つけ出してやるぜ」
「…なんとも熱烈な告白ですね。中森警部並みだ」
クスリとキッドは笑みを零すと、チラリと新一の後ろの扉を見た。
もちろん逃げるためである。
けれど、新一がその一瞬を見逃すはずも無く。


「おっと逃げようたってそうはいかねぇぜ。黒羽…快斗さんよぉ」

「ッ!!!」


キッドが小さく息を呑むのが気配で伝わった。相変わらず逆光で表情は見えないが、キッドの気配で新一の言葉が相手を心理的に追い詰めたことがわかる。
「白馬みてぇにどうとでも言い逃れできるような証拠じゃねぇぜ?」
探偵の強い目でキッドを見つめ、キッドのように不敵な笑みを浮かべると、一歩足を踏み出した。

「ッ…動くな」

トランプ銃が新一の眉間に向けられる。新一の行動で我に返ったキッドが素早い動作で取り出したのだ。
けれど新一がそれに動じることはなく、徐に胸元の手帳を取り出し、あるページを開いた。
「黒羽快斗、江古田高校2年B組在籍。マジシャンの黒羽盗一を父に持つ、現在母と二人暮らし」
キッドはピクリともせず、ただその場に突っ立っていた。先ほどまでの冷涼な気配はそこには無い。
「そして怪盗キッドの仲間として元黒羽盗一の付き人寺井黄之助が…」

「もういい」 キッドの静かな、けれど硬い声が新一の言葉を遮る。
新一はゆっくりと手帳から目を離した。

「…認めるのか?」
「お袋や寺井ちゃんには手を出すな」
「それは出来ない相談だ。お前のお袋さんはともかく、寺井って人は初代キッドが死んでから二代目が出るまでの間にキッドとして動いていたんだ。お前と同罪だよ」
そこまで言ってから新一はキッドの顔をじっと見た。

「ただし、この情報を知っているのは今のところ俺だけだ。証拠は全部俺しか知らない場所に隠してある」

「………何が望みだ」
喉から搾り出すような声でキッドが尋ねると、新一は満足そうに笑って。
「昔から口止め料っつったら一つじゃねぇか」
言うなり首元に手を掛け、自分のネクタイを引き抜いた。


「俺にだって穴はあるんだぜ?」


そう言った新一から先ほどまでの探偵の顔は消え失せ、妖艶な笑みが浮かんでいた。




***





「んぁ…いい…キッド…ッ」
白い肌を惜しげもなく晒して、淫らに乱れるのはかの有名な高校生探偵だ。
「ッ…知りませんでしたよ…名探偵がこんなに淫乱だったなんて」
その肌を自由に愛でる権利を得た怪盗は、同性からの誘いに最初こそ戸惑っていたが、白い肌は同性のそれとは思えないほど上質なもので、触れても舐めてもそれが己に熱を呼び起こすしかないと知るや否や傍若無人に振舞い始めた。
誘ったのは新一だが、いつの間にかその肌に夢中になっているのはキッドの方だった。

「ばぁ…ろ…減らず口叩く前にッ…動け、よ」
スルリとキッドの頭に腕を回して後ろで怪盗を締め上げる。キッドが息を詰めて耐えているのを感じた。


グチュ、と結合部から音が漏れる。

新一が詰めていた息を吐くと、体の力が抜けて、キッドの雄が一層深く刺さった。
汗でぬめる肌は気持ち悪いのに、そこに触れる指が強い快感を伝えてくる。
互いの腹部で擦られるそこは張り詰めて今にも弾けんばかりに涙を零している。けれど、決定的な刺激には物足りなくて、新一は恨めしげな視線でキッドを見つめた。
「どう…しました?」
わかっているくせに聞いてくるキッドが恨めしくて、新一はサッと頬を染めたが、羞恥など今更な感情だ。あっさりと躊躇いを捨てた探偵は、怪盗の耳元に頭を寄せ、その耳を舐めながら囁いた。
「ッ…もっと触って…イきたい…イこう…ぜ」
見せ付けるように自分の乳首を指で摘むと、その刺激に頭がクラリした。
怪盗が息を呑むのがわかる。煽られた証拠だ。


自分で腰をくねらせればそれに合わせてキッドが腰を揺らめかした。
「うァ…イイぜ…もっと」
新一は深く深く咥え込んで離さない。
抱きしめて口付けて、粘膜の内側から外側から、全身で一つになろうと画策する。


「んッ…キッ、ド…好き…」
熱に浮かされた頭で新一が言えば、それに答えるようにキッドが唇を合わせて。
その刺激が新一を更に興奮させる。


もう何度達したかわからない程に達し、最早快楽しか見えていない新一とキッドは、ただ貪欲に求め合うだけの獣だった。


激しい行為に意識を飛ばした新一の髪を撫でながら、キッドはクスリと笑って。
「まさか私が同性を抱く日が来るとは思ってもみませんでしたよ」
まだあどけなさが残る寝顔にそっと口付けた。
「確かに貴方からは逃げられそうにもありませんね」


眠る新一の横には何も書かれていない手帳が転がっていた。