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のっくのっく
「恋をしようと思うんだ」
まるで天気の話でもするかのように言われた言葉は、一瞬耳を通り過ぎようとして、けれどチリと引っかかった違和感にきっちりと反応していた。
「ツナ、言葉の使い方間違っているぞ。恋はしようと思ってできるもんじゃねえだろ。」
もっとも、下半身だけの関係を恋と呼ぶのなら、それは至極簡単にできるのだけれども。しかし綱吉の指す恋が、下半身メインのそれだとは到底思えなかった。リボーンのイメージする綱吉と、プレイボーイの姿が合致しなかったこともある。
「いや、間違ってないよ。恋をしようと思ってるんだ。」
「誰に。」
「今から最初にこの部屋に入ってきた人に。」
歌うように告げられたそれにリボーンは眉を顰めた。
「誰だそれは。」
「わかんない。」
「は?」
「そういうルールなんだよ。ドキドキするだろ。俺が誰に恋するのか俺ですら知らないんだよ。」
至極真っ当に考えれば、彼の右腕たる獄寺が可能性としては一番高いだろうが、この部屋に訪れるのは何も獄寺だけではない。幹部クラスの人間であればこの部屋に誰が訪れてもおかしくはない。また、この時間であれば、己の職務に忠実なハウスキーパー達が、遠慮しつつも堂々と入ってくる可能性だって十二分にある。
「何考えてやがる。」
「別に何も。ただ、恋したいなって思って。」
「愛人がいるだろ。」
「彼女たちに求めてるものとは違うよ。ドキドキとかキュンとか、そんな感覚が欲しいんだ。誰かがノックする時って、一瞬身構えるだろ。誰だろうって。もちろん大体誰かは気配でわかるけど、それでもコンコンって音に心臓が少しだけ早くなるんだよね。その感覚ってさ、なんとなく恋に似てると思わない?」
うっとりと扉を見つめながら紡がれる言葉に違和感が拭いきれない。
「報われない恋でもしてんのか。」
「あ、それに近いかも。俺振られはしないけど、意識もしてもらえないんだよね。だから悔しくて、新しい恋に目覚めたいなって。」
ということは、綱吉が恋している相手は、今から訪れる可能性のある人間ではないということだ。四六時中一緒にいるわけではないので、綱吉のすべてを知っているわけではないが、それでも彼の心を占めているであろう人物がいることに、そしてそれに気づきもしなかった己になんとなく苛立つ。
「ダメツナだったころならともかく、今のお前のアプローチにも気付かないとは、その相手は大物だな。」
思いがけず皮肉めいた言い回しになったことに内心驚きながら、それをおくびにも出さずリボーンは笑った。
「関係がね、ちょっと特殊なんだよ。」
「…どういうことだ?」
「越えられない壁って言うか、絶対に俺じゃ追いつけない相手なんだよね。俺がどんな立場になっても、その人だけは絶対に俺の上にいて、俺を導いてくれるんだ。昔から今まで、その人だけには頭上がらないんだよね。」
その相手を想い浮かべているのだろうか、苦笑しながらされる説明に、リボーンは相手の像を思い浮かべてみる。
綱吉を導き、ボスという地位を得た今でも、彼を指導する立場なんて、己の知っている限り一人しかいない。
まさかという思いと共に湧き上がるのは、不思議な高揚感だった。
「…悪趣味だなツナ。」
「俺もそう思う。」
言葉とは裏腹に至極楽しそうな綱吉を置いて、リボーンは立ち上がった。殊更ゆっくりと扉に向かうと、ドアノブに手をかけた。
扉の閉まる音を背に、これから新しく始まるであろう関係に思いを馳せたのである。
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