文化の壁



これは綱吉がイタリアへ渡る数ヶ月前、文化についてリボーンから講習を受けていた時の話である。


「絶対無理。なんでンなモン使わなきゃいけないんだよ!」
「郷に入っては郷に従え、だぞ。」
リボーンの呆れたような口調に綱吉は激昂した。
「無理無理無理。俺絶対使わないからな!っていうか風呂とトイレが一緒の空間にあるのが無理!」
「お前…今全国の3点ユニットバス住まいの皆さんに喧嘩売ったぞ。」
「そんなこと言ったって無理なもんは無理だって。ホテルで使うのも結構嫌なのに…。」
「じゃあどうすんだ。」
「…改修する。」
「は?」
「改修して綺麗にして、ボンゴレを日本流にしてやる!」




***




綱吉の情熱はボンゴレを動かした。
自分が渡伊する前に全てを済ませるよう手はずを整え、更に新しい規則を作成する。勉強が嫌いな綱吉はしかし、己の満足のためには妥協を許さなかった。覚えたてのイタリア語で業者とボンゴレに電話し、辞書と格闘しながら規則を作成していったのである。


「リボーンさん、十代目最近どうされたんですか。なんか俺にイタリア語を習いに来ては、毎日机に向かってるんですけど。」
「さあな。」
小さな殺し屋は何も言わず、けれど上機嫌で去って行った。獄寺はその後ろ姿を不思議そうに見送るばかりだ。




***




「十代目、どうされたんですか急に。」
いつものようにイタリア語を教えてくれと尋ねてきた綱吉を招き入れ、綱吉の望むイタリア語講座を開いた。その休憩中、獄寺は常々気になっていたことを問うたのである。
「ああ、うん。あのね獄寺君。」
「はい。」
「…別にイタリアを貶してるわけじゃないんだけどさ。」
「はい。」
「俺ね、どうしても許せないことがあって。」
「それは…?」
獄寺は無意識に唾を呑みこんだ。綱吉の言葉に知らず緊張していたようだ。
綱吉はしばらく躊躇っていたかと思うと、意を決したように獄寺を見た。
「…あのね、イタリア人って風呂あんまり入らないんでしょ?で、トイレとお風呂が一緒で、トイレの横にビデっていう謎の洗面台があるって聞いたんだ。」
「ああ、そうですね。」
獄寺は母国のバスルームを思い出しながら頷いた。入浴の頻度は日本人のそれに比べると少ないだろう。そして、確かに便座の横に丸い洗面台のようなそれがくっついている。
「俺、ちょっとそれ無理。風呂毎日入らないのがそもそも信じられないし、体臭を香水で誤魔化そうっていう魂胆が許せないんだよね。」
「は、はあ。」
「あと、トイレと風呂が一緒に存在してるってのが無理。なんか気持ち悪くて。ホテルとかでもちょっと嫌なのに自分ちだよ。自分ちのトイレが風呂とくっついてるなんてほんと無理。」
「あー…。」
獄寺は納得した。純日本人の綱吉にとって、文化の壁はあまりにも大きく、受け入れられないのだろう。確かにトイレや風呂に関して日本人は潔癖すぎるほどにこだわりを持っている。
「だから、ちょっとさ。工事してやろうかなって。俺たちが向こう行く前に。」
「具体的に何をされてるんですか?」
「まず、全てのトイレを日本から輸入したウォ○ュレットにして、あ、もちろん蓋は自動開閉で、洗浄も全自動ね。で、ビデってやつを御役目御免にしようと思ってるんだ。」
「はあ…。」
「んで、俺の部屋に専用の風呂があるらしいから、こっちも日本式の全自動でお湯はってくれて追い焚きまでしてくれるヤツにしようかと。もちろん風呂とトイレは別室設置で。」
「それはリラックスできるでしょうね。」
「うん。でね、ついでにルールもちょっと改正して、ボンゴレ構成員は必ず毎日入浴すること。シャワーでもいいから頭洗って身体洗って、清潔にすること、って一文をどこかに付け加えたいんだよね。俺とか日本から行く人達だけが清潔にしてたって、全体が風呂入らないんじゃ意味ないからね。まあもちろん怪我したとかドクターストップとかの理由があれば仕方ないけどさ。」
風呂を愛する民族の本能ゆえか、野望を語った綱吉はどこかキラキラ輝いていた。
「…そのためにイタリア語を熱心に学ばれてたんですね。」
「うん。そう。俺の記念すべき初仕事はトイレの改修になっちゃった。」
にへらと笑う綱吉に獄寺は思い切り脱力した。
綱吉は一見気が弱そうに見えるが、一度何かを決意したらそれを最後までやり遂げる人間だ。獄寺は今頃大混乱の最中であろうまだ見ぬボンゴレ構成員たちを思い、苦笑するしかなかった。




沢田家の屋根に寝転がり空を見上げながら、小さな家庭教師はにやりと笑ったのである。
「…計算通りだぞ。」




***




イタリア語を自主的に学ばせたいリボーン先生と、その思惑に気付かないで吸収していく綱吉さんの図。
多分日本人にとって、ヨーロッパっていうか世界の風呂やらトイレやらの文化は許せないことの方が多いと思うんだ。