先生!



信じる者は己の腕のみだった。
それで何も問題はなかったし、下手に誰かを信じるよりよっぽど安全だった。

同じ運命を背負うことになった腐れ縁たちはいるが、彼らとて完全に背中を預けることはない。
そもそもずっと一人で生きてきたし、それに対して不満などある筈もなかった。



「リボーン、人の顔見て何ニヤニヤしてんだよ。」
爽やかな朝食の席に似合わない、酷く怪訝そうな表情をした綱吉が、表情通りのとても嫌そうな声を発した。
「別にニヤニヤなんてしてねーぞ。……ただ、今日のいじ…修業の内容を考えてただけだ。」
隣で甲斐甲斐しく世話をするビアンキに、次は味噌汁が飲みたいと伝える。やはりママンの味噌汁は最高だ。これが母の味というやつか。
「今いじめって言おうとしたよね!?やっぱり修行と称して俺をいじめてたんじゃん!」
「ごちゃごちゃうるせーよ。どっちだって変わらねえだろ。ママンごちそうさま。今日もうまかったぞ。」
「大いに変わるよ!」
行儀悪く箸を握り締め、きゃんきゃんと子犬のように喚いている教え子を尻目に、リボーンは優雅にカップを傾けた。
深い豆の香りをゆったりと吸いこんで。先ほどまで考えていたことを思い返す。



リボーンにとって沢田綱吉という人間は異質だった。
初めて出会った頃は、本当にボンゴレの血を引いているのかと何度も首をかしげたほどに、弱く、どうしようもない存在で。九代目の指示でなければ、その存在を一瞬でこの世から消していたかもしれない。
何度言って聞かせても、そのたびにボスにはならないと馬鹿の一つ覚えのように繰り返し、それならまずは外堀から埋めてやろうと、勉強に人間関係の改善に体力づくりをメニューに加えた。だが、ダメツナの異名は伊達ではなく、何をやらせるにしてもまずは「出来ない」「自信がない」のオンパレード。
さっさと放り出したい衝動を堪え、家庭教師として綱吉の傍で生活を、思考を、行動を見、「ボンゴレ十代目候補」ではなく「沢田綱吉」という人間を観察した。
彼の人となりを理解するにつれ、リボーンはその在り方を受容できるようになっていた。それは決して絆されただとか、情が沸いた、だとかそんな同情のような感情からではない。
仲間を、ファミリーを守る時の意思の強さや、敵でさえをも気にかけ、受け入れる懐の広さが気に入ったのだ。何故気に行ったのかリボーン自身すらも気付いていないが、仲間を信頼するという、綱吉にとっては当たり前のことが、リボーンにとっては酷く衝撃的で無意識に憧れとなっていた事が、綱吉の評価に影響している。




昔の自分に比べると、驚くほど他者を傍に置くようになったように思う。
もちろん己の腕を一番に信じていることに変わりはない。けれど以前よりも人を信じるようになったのではないか。現に今だって奈々の作った食事を摂ったところなのだ。もちろん初めから奈々の食事を疑ってはいないが、今ほど躊躇いなく食べることもできなかった。
己の警戒心を少しずつ解き、他者を信頼することを教えてくれたのは間違いなく目の前のダメツナだ。
決して本人に言うつもりはないが、綱吉の家庭教師になったことで、リボーン自身も学ぶところが多いのだ。それは殺しのテクニックや、マフィアのボスのなりかたなどではなく、人としての温かな感情であったり、喜びであったり。こんなものは必要ないとリボーン自身が、これまで切り捨ててきたものだったが、それらは確実にリボーンの内面を成長させている。
先日久々に会った腐れ縁の悪友に内面の変化を指摘され、驚きはしたが厭いはしなかった。



目下のところ、目の前で情けない顔をしている教え子に、近い将来背中を預けることが楽しみで仕方がないのだと言えば、彼はどんな反応をするのだろう。
その日までにしっかり鍛え上げねえとなと、リボーンは心の中で呟き。
「食ったならさっさと出かけるぞダメツナ。」
シンクに食器を置いたところを見計らい、可愛い教え子にありったけの期待を込めて背中を思い切り蹴りあげたのである。