パス・アンド・ラン



「エドワード、これから私が言う事をきみに伝えるのは、本当は大人として自粛しなければならないことだと思う。しかし…すまない、聞いてくれないか?」
「な、何だよ改まって…そんなに勿体ぶるなよ。」
「…どうやら私はきみの事が好きなんだ。いや、もちろん上司として、きみを推薦した人間としてきみの事を嫌いなわけはないのだが。」
「……………。」
「そういう好きではなくて……私は、きみの事を愛している。」



こんな高圧的な告白をされたのは初めてだ。
ロイ・マスタング、地位国軍大佐。エドワードの天敵で、けれど一番信頼している大人の一人である。
そんな彼は自室の執務机について、いつもの調子で部屋に呼びつけ。机を挟んで向かい側に立ったエドワードに想いを告げた。
思ってもみなかった上司からの言葉に、エドワードは思考が停止し、今言われた言葉の意味を酷く真剣に考える。
(誰が、誰を?というか、俺、男…)
その間も目の前の上司は真剣な面持ちで自分を見つめてきていて。
(えッ?えっ?え??どういうことだよ。はぁ?大佐が男好きなんて聞いてないぞ!)
エドワードはともすれば混乱のあまり正気を保てなくなりそうな自身を叱咤し、どうにか正常を保とうと努力する。
頭の中で何度も彼が告げた言葉を繰り返し。そして導き出された疑問は。
「…大佐の気持ちはわかった。けど、だからどうしたいんだよ。」
ロイは自分の事を好きだと言った。愛しているとも。けれど、そこから先の、想いを告げた先の要求は一切なされなかった。
付き合ってくれと言われたら返事のしようはある。だが、ただ想いを告げられただけでは。
「卑怯だと思われるかもしれないが、今は私の気持ちを知ってもらうだけで十分なんだ。」
逆光で表情はわからないし、声のトーンは淡々としていて感情が読み取れない。
「…意味わかんねぇよ、クソ大佐。いっぺん精神科行ってみるか?じゃあな。」
妙に張り詰めた空気をどうにか打開したくて、エドワードは一気にまくし立てるとそのまま逃げるように執務室を後にした。


「ッ………」
廊下の角を曲がり執務室が見えなくなった瞬間、エドワードはその場に崩れ落ちた。
顔が火照る。意味がわからない。思ってもみなかった告白を受け、どうして自分がこんなに動揺しているのか。
自分より14も年上の、しかも同性から告白されたのだ。嫌悪を催すならわかる。
しかし、今のエドワードの中には嫌悪感は全くない。むしろ、心のどこかで喜んでいる自分がいるのに気付いてしまい、ますます彼は混乱した。
自分の気持ちが一体どうなっているのか心底わからない。
エドワードはもちろん今まで一度だってロイを恋愛対象に見た事はないし、そもそも恋愛にかまける暇はなかった。そのためこのような場合にどう対応すればいいのかわからず戸惑うばかりで。



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その夜。

「…兄さん、一体どうしたの?」
「いや何でもない。ところでアル、次の場所どこにするって言ってたっけ?どうせこっちにいたって何もないんだ。さっさと次行こうぜ次。」
不審なほどに早口でまくし立てる兄に、アルフォンスは内心溜息をついた。
大体気にするなと言うなら態度に出さなければいいのに、エドワードはこれ見よがしに(もちろん本人は無意識なのだろうが)悩んでいますオーラを出しているのだ。
こんなオーラを出している時の兄は主に大佐絡みで、どうでもいい事に頭を悩ませているのが常の事で。
(大佐ついに兄さんに手でも出しちゃったのかな?)
ちなみにアルフォンスを初め、マスタング組の面々はロイの気持ちなど大分前から知っている。知らぬは当人のみだ。
(やれやれ…ウブな兄を持つと苦労するよ…)
アルフォンスはうんざりしながら、次の街を妙に真剣な眼差しで吟味している兄の斜め前に腰掛けた。
「最近さ…大佐変だよね。」
徐にポツリと呟けば、兄の体は面白いほどビクリと反応した。
(やっぱり大佐絡みか。僕また面倒に首突っ込んじゃったよ…あー…危険回避能力欲しいなー練成できないかな…)
心の中でどんなに悪態をつこうとも、尋ねてしまった事実は消えないわけで。どうすれば頑なな兄に口を割らせられるかという事を考えながら、アルフォンスは言葉を続けた。
「ねぇ兄さん、聞いた?大佐ってばさ最近女の人とデートしなくなったんだって。」
「まぁ大佐の最盛期が過ぎたって事だろ。あのおっさん今までモテてたのが奇跡なんだよ。」
(…今日の兄さんはいつもの3割り増しぐらいで手厳しい気がする。)
「…兄さんそれ言いすぎだよ。大佐に何か怨みでもあるわけ?」
別にロイの肩を持つわけではないが、ああも頑なな態度を取られれば、相手を持ち上げて本音を引き摺りだすしかない。
案の定兄はその言葉に噛み付いてきた。
「あぁん?恨み?!あるぜ。アイツ意味わかんねぇんだよ。クソ大佐め…。」
大佐はよっぽど兄が驚く事をしたのだろうか…ここまで息巻きながら悪態をつくエドワードを見るのは、禁句を言われたときぐらいしか思いつかない。
「何言われたの?また嫌味言われてからかわれた?」
「アル!聞いてくれよ!!大佐のやつ俺をわざわざ呼び出して何言ったと思う?!『きみの事を…』ぁ…ぁ…ぁ…ぃ……いや、なんでもない!うん、とりあえず変な事言いやがったんだって!!あーー思い出しただけで腹が立つ!!」
弱冠顔を赤らめて言われても信憑性など皆無だ。
(あー…大佐遂に言ったんだ…てゆか兄さん…たかが告白ぐらいでそこまで動揺しなくても…)
いつまでたってもウブな兄に、アルフォンスは頭だと思っている場所が痛くなった気がした。


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アルフォンスは散らかりに散らかった部屋の真ん中で、ほとほと困り果てて頭を抱えていた。
その原因は目尻を涙の痕で汚し、すやすやと眠っている。
「あーもう…だから嫌だったんだ。」
アルフォンスはブツブツと文句を言いながら、散らかった部屋を片付け始めた。

事の発端は数時間前。
エドワードから大体のあらましを聞きだすために、彼は秘蔵の酒を甘めに淹れたカフェオレと偽って兄に飲ませたのだ。(なぜかエドワードはカフェオレになると牛乳が平気らしい)
アルコールに耐性のないエドワードは、たかが数パーセントのアルコールでしたたかに酔い、アルフォンスが尋ねるがままに答えるようになった。
そしてアルフォンスは事のあらましを聞きだしたのだが…。
そこまでは良かったのだ。そこまでは。

(まさか兄さんが酒乱だとは思わなかったよ…)
部屋を片付けながら、アルフォンスは本日何度目かの溜息を落とした。

完璧に酔っ払ったエドワードは、『大佐のばかぁ!何であんな事言うんだよぉ!!』と舌足らずに喚きながら、大泣きし始めたのだ。
兄の涙などついぞ見た事がないアルフォンスはそれはもうものすごい衝撃を受け。とりあえず涙の理由を聞こうと、更にアルコールを渡した。
それが悪夢の始まりだった。
普段の枷が外れたエドワードは、その人格を豹変させてしまったのだ。
エドワードですらきっと意識していなかったであろう、ロイへの想いをとくと語り続け泣き続け。
話を中断させようものなら兄の練成で部屋が原型を留めなくなる。
アルフォンスはかけない冷や汗をダラダラと流しながら、兄がさっさと酔いつぶれて寝てくれるのを祈るばかりだった。

そして、いつしかエドワードは泣きつかれたのか酔いつぶれたのか、床の上で意識を飛ばしていた。
大人しく眠るエドワードを確認した時、アルフォンスは心底安心した。
(よかった…助かったよ、お母さん…!)


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翌日、二日酔いに苦しむエドワードは、結局昨夜の記憶を一切持っておらず。
どんなに詰め寄ったところでアルフォンスは何も語らなかったために、エドワードは自分の気持ちに気付く事はなかった。
そして、その日の夜兄弟は次の街へと旅立っていった。次に帰ってくる予定は当分先だと司令部の面々に宣言して。

待つと言った大人が強硬手段に出る日は、きっとそう遠くない未来。


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お酒は二十歳になってから…です。アルフォンスが持っていたカ●ーアはきっと何かあって助けた酒屋のおじさんがくれたんです…。
私の書くアルは色んな意味で黒いかもしれない…笑